赤・白・黒の横三色。シンプルですよね。でもこの旗、2つの別の国が1つになるとき、お互いのシンボルをわざと消して作ったという、ちょっと珍しいデザイン哲学を持っています。今回はそんなイエメン国旗の話です。
まずは構成のおさらい
イエメン国旗は、上から赤・白・黒の横三色(トライバンド)です。文字も模様も星もなく、ただの3色だけで構成されています。
- 赤:独立のために流された血、そして団結
- 白:明るい未来と希望
- 黒:過去の暗い時代
過去の暗さから、血を流して、明るい未来へというストーリーが3色で表現されています。
じつは1990年生まれの、わりと新しい旗
イエメン国旗の採用日は1990年5月22日。世界の国旗のなかでは、けっこう新しい部類です。
理由はシンプルで、イエメンという国そのものが1990年5月22日に生まれたからです。それまでこの地域は、2つの別の国でした。
北イエメン:イエメン・アラブ共和国(1962-1990)
1962年の革命でオスマン帝国系の王政を倒して成立した、ナショナリスト・イスラム共和国です。国旗は赤・白・黒の三色に緑の星を加えたものでした。
南イエメン:イエメン人民民主共和国(1967-1990)
イギリスからの独立後、マルクス・レーニン主義を掲げる社会主義国家として成立しました。アラブ世界で唯一のマルクス主義国家として、ソ連と密接な関係を持っていた国です。国旗は赤・白・黒の三色に、旗竿側の水色の三角とその中の赤い星を加えたものでした。
イデオロギー的にはかなり対立する2つの国でしたが、文化・言語・歴史は同じ「イエメン人」。いつかひとつになるべきだという機運は、両国にずっとありました。
そして1990年5月22日、両国は平和的に統合し、現在のイエメン共和国となります。新しい国に、新しい旗が必要でした。
「お互いのシンボルを消した」というデザイン哲学
統合にあたって新国旗を作るとき、当然「両国旗の要素を組み合わせるべきか」という議論はありました。
でも採用された方針は逆で、両国のイデオロギー的シンボル(北の緑の星、南の青い三角と赤い星)は両方とも外すというものでした。
その理由はいくつかあります。緑の星は、アラブ連合共和国(UAR)と組んだアラブ連合国(United Arab States)時代の名残で、ナショナリスト的色合いが強いものでした(北イエメンは1962年にUARの旗から星を1つ減らした旗を採用した経緯があります)。一方、青い三角と赤い星はマルクス主義の南を象徴するものです。どちらかを残せば、もう一方を抑え込むことになってしまいます。
つまり、対立を生む要素を全部外して、共通項だけを残したわけです。残ったのが、純粋な赤・白・黒の三色だけでした。
シンボルを足すのではなくシンボルを引くというデザイン判断は、国旗デザインの世界では珍しい部類です。和解の意思を「引き算」で表した旗、と言えます。
元をたどれば、1952年エジプト革命の「アラブ解放旗」
イエメン国旗の赤・白・黒の組み合わせは、1952年のエジプト革命の流れを汲んでいます。
1952年、エジプトではガマール・アブドゥル=ナーセルらの自由将校団がクーデターを起こして王政を倒し、共和国を樹立しました。このときに掲げた旗が、赤・白・黒の三色を中心とした「アラブ解放旗(Arab Liberation Flag)」でした。
この旗のコンセプトは、アラブ・ナショナリズムと共和主義の象徴というものです。エジプトに続いて、シリア・イラク・スーダン・リビアなど、20世紀後半のアラブ諸国の多くが同じ3色をベースにした国旗を採用しました。
イエメンも同じ系列です。北イエメンが革命で王政を倒した1962年以降、この3色はアラブ世界の共和主義の旗として機能してきました。1990年の統合で、北と南が再びこの3色のうえで合流した、という構図です。
ちなみに1952年のアラブ解放旗のルーツをさらに遡ると、1916年のアラブ反乱にたどり着きます。この同じ系統の色が、100年以上にわたって中東で受け継がれている、ということです。
いまも続く分断の状況について
イエメンを語るうえで触れざるを得ないのが、2014年以降のイエメン内戦です。
フーシ派(北イエメン勢力の一部)と国際的に承認されている政府との間で武力衝突が続いており、サウジアラビア主導の有志連合・イラン・国連各機関などが関与する、複雑な情勢が今も続いています。
国旗そのものは内戦のなかでも「イエメン共和国の旗」として国際的に維持されており、国連や国際機関で掲げられる旗は変わっていません。1990年の統合の意思は、形式上はいまも保たれている、という状況です。
ここから先は政治的に踏み込みすぎるとブログの趣旨を超えてしまうので、旗のデザインそのものは統合の象徴として今も生き続けている、という事実だけ書いておきます。
まとめ:シンボルを「足す」のではなく「引く」ことで生まれた旗
今回のイエメン国旗のまとめです。
- 赤・白・黒の横三色(シンボルなし)
- 1990年5月22日、北イエメンと南イエメンの統合とともに採用
- 旧北の「緑の星」と旧南の「青い三角+赤い星」は両方とも削除
- 「対立を生む要素を外し、共通項だけを残す」というデザイン哲学
- ルーツは1952年エジプト革命の「アラブ解放旗」
- 同じ系統の旗にエジプト・シリア・イラクなど
- 赤は血と団結、白は未来、黒は過去の暗い時代
シンプルな3色のなかに、対立を超えて1つになろうという意思が形として残されている。それがイエメン国旗のいちばんの見どころです。