緑地に、左側の赤い縦帯。その中に5つのカーペット模様(グル)が縦に並び、その下にオリーブの枝。さらに右側には白い三日月と5つの星。トルクメニスタンの国旗は、世界でもっとも複雑な国旗として知られています。遊牧民の伝統工芸「トルクメン絨毯」を国旗にそのまま組み込んだという、世界の国旗のなかでも唯一の事例です。今回はそんなトルクメニスタン国旗の話です。
まずは構成のおさらい
トルクメニスタン国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:緑
- 旗竿側(左)の赤い縦帯:5つのカーペット模様(グル)が縦に積み重なり、その下にオリーブの枝2本が交差する
- 緑地の上部(フライ側):白い三日月と、白い5つの5角星
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 緑:イスラム教、トルクメンの伝統色、希望、自然
- 赤縦帯:トルクメンの民族色、勇気
- 5つのカーペット模様:トルクメン5大部族(テッケ・ヨムト・サルク・サロル・チャウドル)
- オリーブの枝:永世中立(1995年国連承認)
- 白い三日月:イスラム教、国家の未来
- 5つの星:トルクメニスタンの5つの州(ヴェラヤト)。「イスラムの5行」や「人生の5段階」「五感」など、さまざまな象徴を重ねる解釈もあります(諸説あり、公式は5州)
遊牧民の伝統、イスラム教、現代国家、国連の中立という、4つの異なる時代のシンボルが1枚の旗のなかで重なる、世界でも唯一の構成です。
「世界一複雑な国旗」
トルクメニスタン国旗の最大の特徴は、世界一複雑な国旗として認知されていることです。
複雑さの理由
国旗の構成要素を数えると、5つのカーペット模様(各模様自体が複雑な幾何学パターン)、オリーブの枝2本(各葉の細部まで規定)、三日月1つ、星5つ、背景の緑と赤縦帯となります。合計すると、世界の国旗のなかで最も多くの個別要素を持つ旗です。アフガニスタンの国旗(モスクと小麦穂と国名碑文)と並び、「国旗を布で作るときの製造難易度が世界一」と言われます。
「カーペットを縫う技術」が必要
特に5つのカーペット模様(グル)は、各模様が数十の小さな幾何学要素で構成されています。テッケ・グルは八角形の中に8つの内部模様、ヨムト・グルはダイヤモンド型の複合模様、サルク・グルは4分割の十字型、サロル・グルは細長い八角形、チャウドル・グルは六角形のキューブ型です。1枚の国旗を縫うのに、熟練の織物職人が必要という、世界の国旗のなかで製造コストが最も高い旗のひとつです。
カーペット模様 ── 5大部族の「グル」
トルクメニスタン国旗の中心的シンボルが、グル(gül、または「ゴル」)です。
「グル」とは何か
グルは、ペルシア語で「花」を意味し、トルクメン絨毯に織り込まれる伝統的な幾何学模様です。各部族(トライブ)ごとに独自のグルを持ち、絨毯の色や模様で部族の出身が分かります。この5大部族のグルが、現代トルクメニスタンの国家統一の象徴になっています。
5大部族
トルクメン民族は、歴史的に複数の遊牧部族で構成されてきました。
| 部族名 | グルの特徴 | 主な居住地域 |
|---|---|---|
| テッケ(Teke) | 八角形 | 中部(アシガバート周辺) |
| ヨムト(Yomut) | ダイヤモンド型 | カスピ海沿岸 |
| サロル(Salor) | 細長い八角形 | 南東部 |
| サルク(Saryk) | 十字型 | アフガニスタン国境 |
| チャウドル(Chowdur) | 六角形 | カスピ海沿岸北部 |
5つの部族が、5つのグルとして対等に並ぶという、トルクメン国民国家の統合を視覚化したデザインです。
トルクメン絨毯の伝統
トルクメン絨毯は、世界の絨毯文化のなかでも最高峰とされます。遊牧時代から続く数千年の歴史を持ち、ウールと天然染料で手織りされ、1枚の絨毯に数百日から数年をかけることもあります。2019年にはユネスコ無形文化遺産に登録され、国宝にも指定されています。国旗に世界遺産の伝統工芸を取り入れているというのは、世界の国旗のなかで唯一の例です。
オリーブの枝 ── 1995年の永世中立
国旗の赤い縦帯の下にあるオリーブの枝2本は、1997年に追加された比較的新しい要素です。
永世中立国家
トルクメニスタンは、世界でも稀な永世中立国です。1995年12月12日、国連総会が「国連総会決議50/80」で、トルクメニスタンの中立宣言を満場一致で支持・承認しました。ただし、国連が国家を中立国として「公認・指定」する制度自体は存在しないため、より正確には「国連総会が中立の地位を満場一致で支持した、極めて稀有な国」ということになります。
なぜ中立か
ソ連崩壊(1991年)後の独立で、トルクメニスタンが選んだ国家戦略が中立でした。地理的にイラン・アフガニスタン・ウズベキスタン・カザフスタンに囲まれた地政学的に難しい位置にあり、カスピ海を巡る周辺諸国との競争もあって、大規模な天然ガス資源を守るために軍事的対立を避ける必要がありました。中立を小国家の生存戦略として、トルクメニスタンは中立を国家の柱に据えました。
オリーブの枝が国旗に
1997年2月、国旗に2本のオリーブの枝が追加されました。オリーブは国連旗と同じく平和の象徴で、5つのグルの下に配置され、「カーペットの上に、平和の枝」という構図になりました。伝統工芸、イスラム、現代の中立外交という、3時代のシンボルが赤い縦帯のなかに垂直に並ぶ、極めて密度の高いデザインになりました。
イスラム教と5つの行
国旗右側の白い三日月と5つの星は、イスラム教の伝統的シンボルです。
三日月=イスラムの普遍的シンボル
三日月は、オスマン帝国以来、イスラム諸国の旗の典型的シンボルです。トルコは赤地に白い三日月と星、アルジェリアは白緑に赤い三日月と星、マレーシアは横帯に黄色い三日月と星、そしてトルクメニスタンは白い三日月と星を掲げます。ムスリム多数派国家の共通シンボルとして、三日月は機能しています。
5つの星 ── 二重の意味
トルクメニスタン国旗の5つの星には、二重の象徴があります。
ひとつは、5つの州(ヴェラヤト)です。アハル州(首都アシガバート)、バルカン州(カスピ海沿岸)、ダショグズ州(北部)、レバプ州(東部)、マルィ州(南東部)を表します。
もうひとつは、イスラムの5行です。シャハーダ(信仰告白)、サラート(礼拝)、ザカート(喜捨)、サウム(断食)、ハッジ(巡礼)を表します。
地理的な5州と宗教的な5行という二重の意味を、5つの星に込めたデザインです。
1992年9月27日、独立後の国旗
トルクメニスタン国旗の制定史をたどります。
ソ連崩壊と独立
1991年10月27日にソ連からの独立を宣言し、1991年12月にソ連が正式に解散して、トルクメニスタンは完全に独立しました。
1992年2月19日、初代国旗
1992年2月19日、独立後初の国旗が制定されました。この日付はニヤゾフ初代大統領の誕生日で、のちに「国旗の日」として祝日になっています。緑地に赤縦帯と5つのグル、イスラムの三日月と星という構成で、オリーブの枝はまだありませんでした。
1997年、オリーブ追加
1997年2月19日、オリーブの枝が追加されました。1995年の国連永世中立決議を反映したもので、「絨毯+平和」という構図に進化しました。
2001年、現行形式に
2001年1月24日、最終版が採択されました。比率を2:3(横長)に変更し、以降、デザインは固定されています。
4回の段階的修正というのは、世界の国旗のなかでは珍しく、慎重な制定プロセスを経ています。
トルクメニスタンという国
トルクメニスタンの基本情報です。
- 正式名:トルクメニスタン(Türkmenistan)
- 首都:アシガバート(Aşgabat、「愛の都市」の意)
- 面積:約49万km²(中央アジア南部)
- 人口:約650万人
- 公用語:トルクメン語(テュルク語族)
- 宗教:スンナ派イスラム教(約93%)
「カラクム砂漠」の国
トルクメニスタンは、国土の約80%がカラクム砂漠です。中央アジア最大の砂漠のひとつで、「カラ=黒、クム=砂」から「黒い砂」を意味します。古代シルクロードの要所でもあり、ユネスコ世界遺産であるメルヴはシルクロードの大都市跡です。
「地獄の門」── ダルヴァザ・ガス・クレーター
トルクメニスタンの観光名所が、「地獄の門」と呼ばれるダルヴァザ・ガス・クレーターです。1971年、ソ連の天然ガス調査中の事故で巨大な穴に天然ガスが噴出し、有毒ガスを防ぐために火を付けて燃やしました。それが50年以上、絶え間なく燃え続けています。直径70m、深さ20mの規模で、トルクメニスタンの観光名所として有名です。国旗の赤縦帯を大地から噴き出す火と解釈すると、地獄の門もまた、トルクメンの国土の象徴と言えるかもしれません。
天然ガス大国
トルクメニスタンは、世界4位の天然ガス埋蔵量を誇ります。ガルキヌィシュ・ガス田は世界第2位の天然ガス田で、主要輸出先は中国とロシアです。国民1人当たりGDPは中央アジアで上位にあります。砂漠の下に世界有数の資源があるというのが、現代トルクメニスタンの経済基盤です。
ちなみに:独裁・閉鎖国家
トルクメニスタンの政治体制についても、中立的に触れておきます。
「世界で最も閉ざされた国のひとつ」
トルクメニスタンは、北朝鮮と並んで「世界で最も閉ざされた国」と評されることがあります。サパルムラト・ニヤゾフ初代大統領(在任1991-2006)は個人崇拝が極端で、金色の自像が首都中心で太陽に向かって回転していた時期もあり、書籍『ルーフナマ』を国民必読書としました。続くグルバングル・ベルディムハメドフ(在任2006-2022)、そして現職セルダル・ベルディムハメドフ(2022-、前大統領の息子)と、世襲色の強い体制が続いています。
民主主義指数(EIU)や報道の自由度ランキング(国境なき記者団)など、主要な国際インデックスでは一貫して世界最下位クラス(北朝鮮やエリトリアと同水準)と評価されている体制です。
観光と入国
観光ビザの取得は非常に困難で、インターネットは厳しく制限され、外国メディアの取材も制限されています。国旗は美しいが、訪れるのが難しい国というのが、現代トルクメニスタンの位置づけです。
まとめ:5つの部族、5つの州、5つの星
今回のトルクメニスタン国旗のまとめです。
- 緑地+赤縦帯(5つのカーペット模様グル+オリーブの枝2本)+白い三日月と5つの星
- 1992年2月19日、独立後最初の国旗として制定(ニヤゾフ初代大統領誕生日、国旗の日)
- 1997年2月19日、オリーブの枝を追加(永世中立を反映)
- 2001年1月24日、比率2:3に変更(現行版)
- 緑=イスラム教・トルクメンの伝統色、赤縦帯=民族色・勇気
- 5つのグル=トルクメン5大部族(テッケ・ヨムト・サロル・サルク・チャウドル)
- 各グルは部族独自のカーペット模様(八角形・ダイヤ型・十字型など)
- オリーブの枝=1995年12月12日の国連総会決議50/80で中立の地位を満場一致で支持された稀有な国(「国連が公認した中立国」というより、総会が地位を支持した形式)
- 白い三日月=イスラム教の普遍的シンボル
- 5つの星=公式にはトルクメニスタンの5つの州(イスラム五行や五感などの解釈もあるが諸説)
- 世界一複雑な国旗、製造に熟練織物技術が必要
- 国土の80%はカラクム砂漠、世界4位の天然ガス埋蔵量
- 「地獄の門」(ダルヴァザ・ガス・クレーター):50年以上燃え続けるガス穴
- トルクメン絨毯は2019年ユネスコ無形文化遺産
遊牧民の絨毯模様を、現代国家の旗に——トルクメニスタンの国旗は、世界で唯一、伝統工芸品をそのまま国旗に組み込んだ、文字通り「織り込まれた歴史」の1枚です。