緑・白・黒の横三色、白い帯のなかに3つの赤い星。シリアの現在の国旗です。この旗が公式に国旗になったのは、なんと2025年3月、つい最近のことです。長く続いたアサド政権の崩壊(2024年12月)を経て、90年近く前の独立運動の旗が、再び国の象徴になったというドラマがあります。今回はそんなシリア国旗の話です。

政治的に繊細なトピックを含むため、当サイトの方針通り中立的・事実ベースで記述しています。


まずは構成のおさらい

シリアの現在の国旗(2025年〜)の構成は、次のとおりです。

  • :緑
  • :白(中央に3つの赤い五芒星)
  • :黒

横三色に3つの星を加えた構成で、色は汎アラブ色(緑・白・黒・赤)すべてが含まれています。

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :ファーティマ朝(10-12世紀のシーア派カリフ朝)
  • :ウマイヤ朝(7-8世紀のスンニ派カリフ朝)
  • :アッバース朝(8-13世紀のカリフ朝)
  • 赤い3つの星:意味については諸説あり。アラブ独立の3つの地域、3つの主要都市(ダマスカス・アレッポ・デリゾール)、独立闘争のシンボルなど

イスラム史の3つのカリフ朝の色に、独立闘争の赤い星を加えた、ものすごく歴史の重みを背負ったデザインです。


まずシリアという国の前提

シリアの国旗の話を理解するには、この国の現代史の激動を知る必要があります。

シリアは1946年にフランス委任統治から独立して以降、激動の歴史をたどってきました。何度もクーデタが起き(1949年だけで3回)、1958年から1961年にはエジプトと一時統合してUAR時代を迎えます。1963年以降はバアス党の長期政権が続き、1971年から2000年までハフェズ・アル=アサドの独裁、2000年から2024年までバッシャール・アル=アサドがそれを継承しました。さらに2011年から実質13年間続いたシリア内戦を経て、2024年12月にアサド政権が崩壊します。

これは20世紀後半から21世紀前半にかけて、世界で最も激動した国のひとつだと言えます。そして、この激動の歴史は、そのまま国旗の変遷に刻まれています。


1932年、フランス委任統治下で生まれた「独立旗」

シリア国旗のルーツは、意外と古い1932年、まだフランスの委任統治下にあった時代にさかのぼります。

委任統治時代

第一次世界大戦後、オスマン帝国が崩壊し、シリアは国際連盟の委任統治領としてフランスの管理下に入りました(1923年〜)。

シリア人の独立運動家たちは、フランス支配下でもアラブ・ナショナリズムの旗を掲げ続けます。その結晶として、1932年に独立旗が制定されました。緑・白・黒の横三色に、白い帯に3つの赤い星を配したデザインです。

3つの赤い星には諸説ありますが、3つの主要地域(ダマスカス・アレッポ・デリゾール)を表すという解釈が広く知られています。

1946年、独立

1946年4月17日、シリアはフランスから完全独立します。独立式典で、正式に「3つの赤い星の旗」が国旗として掲揚されました。

90年近く前のこの旗が、現在の旗の原点です。これを覚えておいてください。


1958年、エジプトとの連合「UAR時代」

ところが、シリアは独立後すぐに別の歴史に向かいます。

1958年2月22日、シリアはエジプトと統合して「アラブ連合共和国(UAR)」を結成しました。これはガマール・アブドゥル=ナーセル率いるエジプトの汎アラブ主義運動の中で、アラブ人は1つの国にまとまるべきという理念で進められたものでした。

UARの国旗

UARの国旗は、赤・白・黒の横三色に、白い帯に2つの緑の星を配したものでした。「2つの緑の星」がエジプトとシリアを表しました。

赤色は、エジプトのアラブ解放旗(1952年のエジプト革命由来)から取られたものです。シリア独立旗の緑が、エジプトの赤に置き換わったわけです。

1961年、シリア離脱

しかしUARはすぐに破綻します。1961年9月28日、シリア側の軍事クーデタで連合から離脱し、シリア・アラブ共和国として再独立しました。

このタイミングで、シリアはいったん1932年の独立旗(緑白黒に3つの赤い星)に復帰します。失敗した統合と決別するという姿勢を、旗で示しました。

1963年バアス党、そして1972年〜1980年の細かな変遷

ところが1963年3月、バアス党がクーデタで政権を掌握します。エジプト・イラクとの再統合構想(アラブ連邦構想)のもと、赤・白・黒の三色に3つの緑の星(エジプト・シリア・イラクの団結を表す)を配した旗を採用しました。再統合自体は同年中に失敗しますが、旗はそのまま使い続けます。

その後も、シリアの国旗は何度か変更されました。1972年から1980年のアラブ共和国連邦(エジプト・シリア・リビア)参加時代には、クライシュの鷹が入ります。そして1980年3月29日、再び2つの緑の星のUAR時代の旗に戻りました。これは汎アラブ統合の理想を改めて掲げる、アサド政権下の決定でした。

そして1980年から2024年までの約44年間、シリアは「赤・白・黒に2つの緑の星」の旗を掲げ続けることになります。これがいわゆるアサド時代の旗として、世界に広く知られた1枚です。


2011年、内戦と「もうひとつの旗」

2011年3月、シリアで反政府デモが勃発します。いわゆるアラブの春の一環でした。バッシャール・アル=アサド政権による厳しい弾圧から、本格的なシリア内戦へと発展していきます。

自由シリア軍と「独立旗」の復活

反政府武装勢力の自由シリア軍(FSA)は、戦いのシンボルとして「1932年の独立旗(緑白黒に3つの赤い星)」を採用しました。

アサド政権の旗ではなく、シリア独立の原点に戻るというメッセージを、旗の選択で示したわけです。

反政府勢力が独立期の旗を掲げ、政府軍がUAR時代の旗を掲げる。ひとつの国に2つの旗が並立する状況が、2011年から2024年まで続きました。

13年間の悲惨な内戦

このシリア内戦では、人口の50%以上が難民・国内避難民となり、国民の半数が国内外に避難しました。死者は推定で30万から50万人以上にのぼり、化学兵器使用の疑惑も浮上します。さらにISILが出現して一部地域を統制し、ロシア・アメリカ・トルコ・イラン・サウジなどが関与する国際的な代理戦争の様相を呈しました。

これは21世紀最大の人道危機のひとつとして、世界に深い影響を与えました。


2024年12月8日、アサド政権崩壊

13年に及ぶ内戦のなか、転機は2024年11月末から12月初頭に訪れます。

ハイアト・タフリール・アル=シャム(HTS)を中核とする反政府勢力連合が、わずか10日ほどでシリア北部から首都ダマスカスに侵攻しました。2024年12月8日、バッシャール・アル=アサド大統領はロシアに亡命し、1971年から続いたアサド家の支配が、約53年で終焉します。

旗の移行

政権崩壊と同時に、反政府勢力の使っていた「3つの赤い星の旗」が、政府機関・首都・主要都市の建物に掲げられるようになります。

ただし、国旗の正式変更はすぐには行われませんでした。新政権が憲法を整え、議会を構成し、正式な手続きを経る必要があったからです。


2025年3月13日、正式に「3つの赤い星」へ

2024年12月の政権崩壊から約3ヶ月後、2025年3月13日、新政府は暫定憲法宣言を発布しました。

この憲法宣言で、シリアの国旗は緑・白・黒の横三色に3つの赤い星を配する、と正式に明記されました。1932年の独立旗が、93年ぶりに国家の正式旗として復活したのです。世界の国旗の歴史でも稀有な、過去のシンボルの公式復活でした。

細かい修正

ただし、1932年版とまったく同じではなく、一部修正が加えられています。3つの星のサイズと配置をより対称的に微調整し、色合いを現代的に標準化しました。

これは独立期のシンボルを継承しつつ、新時代にふさわしくというメッセージです。革命の旗から国の旗へというプロセスにおける、ささやかなアップデートだと言えます。


「2つの星」と「3つの星」、何が違うか

旧旗(2つの緑の星)と新旗(3つの赤い星)を比較してみると、次のようになります。

旧旗(1980-2024)新旗(2025-)
上の色
下の色
中央の色
星の色緑(2つ)赤(3つ)
星の意味汎アラブ統合(エジプト+シリア)独立期の3つの地域
シンボリックな意味アラブ統合・UARの理想シリア独立の原点

汎アラブ統合の象徴から、シリアの独立そのものへというシフトです。エジプトとの統合の夢を象徴していた緑の星から、シリアそのもののアイデンティティを象徴する赤い星へ、というメッセージだと言えます。

これがどう評価されるかは、今後の歴史の評価を待つしかない、という段階です。


ちなみに:「シリア人民共和国」を名乗らなかった

新しいシリア政府は、「シリア・アラブ共和国」という正式名を維持することを決定しました。

国旗は変えるが、国名は変えない。これは過去との連続性を保ちつつ、未来へ進むバランス感覚を示しているとも言えます。

国旗の変更だけでも大きな象徴的意味を持つため、国の根本構造はそのままに、シンボルだけを刷新することを優先した、と読めます。


まとめ:93年前の独立旗が、いま現役の国旗に

今回のシリア国旗のまとめです。

  • 現在の構成:緑・白・黒の横三色に、白い帯に3つの赤い星
  • 2025年3月13日、暫定憲法宣言で正式採用
  • 緑はファーティマ朝、白はウマイヤ朝、黒はアッバース朝、赤い星は独立期の3つの地域などの諸説あり
  • 1932年、フランス委任統治下で独立運動の旗として作られた
  • 1946年4月17日、独立とともに正式国旗化
  • 1958年、エジプトとのUAR結成で「赤白黒に2つの緑の星」に変更
  • 1961年UAR解体時、いったん1932年の独立旗(3つの赤い星)に復帰
  • 1963年バアス党政権成立、エジプト・イラクとのアラブ連邦構想で「3つの緑の星」の旗
  • 1972-1980年、アラブ共和国連邦時代に一時的にクライシュの鷹入り
  • 1980-2024年の44年間、「2つの緑の星」のUAR時代の旗(アサド時代)が継続
  • 2011年、シリア内戦勃発、反政府側は1932年の独立旗(3つの赤い星)を採用
  • 2024年12月8日、アサド政権崩壊
  • 2025年3月13日、93年ぶりに独立旗を正式国旗として復活

90年以上前の独立期のシンボルが、現代の激動を経て、ふたたび国の旗になる。シリアの国旗は、現代史の中で最もダイナミックに変わり続けた1枚であり、その変化の終着点は原点への回帰でした。