赤・黄・赤の横三色、左側に複雑な紋章。スペインの国旗です。紋章の中にはヘラクレスの柱、つまり古代ギリシア神話のヘラクレスが立てたとされる、ジブラルタル海峡の両岸の岩が描かれています。そしてそこに書かれたモットー「Plus Ultra(その先へ)」が、スペインの新大陸発見の物語と直結している、というのが今回のテーマです。今回はそんなスペイン国旗の話です。


まずは構成のおさらい

スペイン国旗の構成は、次のとおりです。

  • 横3本の帯(上から):赤・黄・赤
  • 比率:1:2:1(黄色が他の倍幅)
  • 黄色の帯の旗竿側:スペインの国章

色とシンボルの意味は、次のとおりです。

  • :勇気、独立を守るために流された血
  • 黄(金):富、明るさ
  • 国章:スペインの歴史と王権

色だけ見るとシンプルだが、中央の紋章で歴史が深まる。これがスペイン国旗の構造です。


1785年、カルロス3世の決断

スペイン国旗の現在の姿が誕生したのは、1785年5月28日、カルロス3世(Charles III、在位1759-1788)の王令によってです。

なぜ新しい旗が必要だったか

それまでスペインは、ブルボン朝の伝統で、王家の家紋を白地に大きく描いた旗を使っていました。同じ時期、フランスやその他のヨーロッパ諸国も、似たような白地に紋章の旗を使用していました。

問題は、海戦や戦場で、白地に紋章だと遠くから国を識別しづらいことでした。色の違いが小さく、紋章を見分けるのに近づかないとわからない、という実用的な問題があったのです。

海軍コンテスト

そこでカルロス3世は、海軍に新国旗のデザインを募集しました。12案が候補に挙げられ、王自らが選定します。条件は、遠くからでもはっきり見える色を使うこと、他国の旗とは明確に区別できること、国の歴史的アイデンティティを表現すること、でした。

選ばれたのが、赤と黄の組み合わせでした。

なぜ赤と黄か

赤と黄は、アラゴン王国の紋章色(盾を縞分する赤と黄)から取られたものです。アラゴン王国はスペインの統一に大きく貢献した中世王国であり、イサベル1世とともにカトリック両王としてコロンブスを支援したフェルナンド2世の紋章でもありました。赤と黄はコントラストが強く、視認性が高いという利点もあります。

スペイン統一の象徴である赤と黄を、新時代の国旗の色にする。歴史と実用性、両方を満たす選択でした。

当初は海軍旗、後に国旗へ

実は1785年の制定時は、まだ「海軍旗」としての位置づけでした。陸軍は引き続きブルボン朝の白地旗を使用していました。

それが1843年、イサベル2世の王令で「陸海軍ともに同じ旗を使う」ことが正式に決定し、現代スペイン国旗の出発点になります。

海から陸へ広がった旗。これもユニークな経緯です。


「ヘラクレスの柱」── 紋章の中の古代神話

スペイン国旗の中央にある国章。その中で最も特徴的なシンボルが、両側に立つ2本の柱です。これがヘラクレスの柱(Pillars of Hercules)です。

ギリシャ神話と「世界の果て」

ヘラクレスの柱は、古代ギリシャ神話に登場する2本の柱です。英雄ヘラクレスが世界の果てに立てたとされる柱で、地理的には、北の柱がジブラルタルの岩(イベリア半島南端)、南の柱がセウタの岩またはジェベル・ムサ(モロッコ北部)にあたります。

つまりジブラルタル海峡の両側の岩を象徴しています。

古代の「世界の果て」

古代ギリシャ・ローマ世界では、ジブラルタル海峡の先は「大西洋」、すなわち「世界の果て」であり、人類が踏み入ってはいけない場所でした。

ヘラクレスの柱には、ラテン語で「Non Plus Ultra(ここから先はない)」という警告のモットーが刻まれていた、という伝承があります。

ここが世界の終わり、その先には何もない。古代世界の地理観の象徴です。

1492年、コロンブスがすべてを変える

そして1492年、クリストファー・コロンブスが、フェルナンド2世とイサベル1世の支援を受けて新大陸を発見します。

「世界の果て」の先に、まったく新しい大陸があった。この人類史を覆す発見が、ジブラルタル海峡から西へ航海したスペインの船によってなされたわけです。

モットーが変わる:「Plus Ultra(その先へ)」

この発見を受けて、コロンブスを支援したカトリック両王(フェルナンド2世とイサベル1世)の孫であるカール5世(スペイン王カルロス1世、神聖ローマ皇帝でもあった)が、自身の個人紋章として「ヘラクレスの柱」とモットーを採用しました。1516年、イタリア人顧問ルイジ・マルリアーノ(Luigi Marliano)が考案したものです。

「Non Plus Ultra」(その先なし) ↓ 「Plus Ultra」(その先へ)

「Non(〜ない)」を取り去って、「その先へ」というメッセージに変える。なかなか粋な改変です(カトリック両王の時代にはまだヘラクレスの柱の紋章はなく、カルロス1世=カール5世の代に初めて採用されたものです)。

世界の果ての先にも、まだ世界がある。我々はそこへ向かう。これが、大航海時代スペインの自信の表明になったわけです。

そしてこのモットーは、16世紀以降スペインの国家のシンボルとして、現代の国旗の紋章にも刻まれ続けています。500年以上前の航海の精神が、今も生きているわけです。

ちなみに「Plus Ultra」は、現在のスペイン語圏全体に広く使われるフレーズでもあります(スペインの航空会社プラスウルトラ航空、新聞名、スポーツチーム名など)。


紋章のなかの「スペインの歴史」

国旗の中央の国章には、スペインを構成してきた中世王国のシンボルが、4つの区画に並んでいます。

4分割の盾

4分割の盾には、左上にカスティーリャ(赤地に金の城)、右上にレオン(白(銀)地に紫のライオン)、左下にアラゴン(黄地に赤い4本の縦縞)、右下にナバラ(赤地に金の鎖)が配されています。

そして中央下には、グラナダ(白地に赤いザクロ)が置かれ、最後にスペインに加わったナスル朝グラナダを象徴しています。

カスティーリャ、レオン、アラゴン、ナバラ、グラナダ。近代スペインを構成した5つの中世王国の歴史すべてが、紋章ひとつに圧縮されています。

フランス王家の百合?

紋章の中央には、小さな盾にブルボン王家の3つの百合(フルール・ド・リス)が描かれています。

これは、スペイン王家ブルボン家がフランス王家から分かれたことの名残です。現在のスペイン王フェリペ6世もブルボン家の末裔で、フランスとの王統的なつながりが今もこの紋章に残っているわけです。

王冠

紋章の上には、スペイン王家の王冠が載っています。

これはフランコ時代の独裁的なシンボルを排し、君主制への回帰を象徴するもので、現代のスペイン国家像を表しています。


フランコ時代の旗

スペイン国旗には、1939〜1975年のフランコ独裁時代に異なるバージョンがありました。

内戦と独裁

スペイン内戦(1936-1939)で、フランシスコ・フランコ将軍率いる反乱軍が共和国を倒し、独裁政権を樹立しました。

フランコ時代の国旗は、基本デザインは同じ(赤・黄・赤+紋章)でしたが、紋章のなかにサン・フアン・デ・ロス・レイエスの聖ヨハネの鷲が中央に置かれた特殊なバージョンでした。王冠はなく、フランコは共和制を否定しつつ、君主制も廃止していました。

スペインらしさは保ちつつ、共和制と王制の両方を排した独自スタイル。これがフランコ国旗でした。

1975年、フランコ死去

1975年11月20日、フランコが死去します。フアン・カルロス1世が新王として即位し、民主化と君主制が同時に回復しました。

そして1981年12月19日、現在の紋章を持つ国旗が正式に制定されます。フランコ時代の鷲が消え、王冠が戻り、中世5王国の盾とヘラクレスの柱というクラシックな形に戻されました。

独裁の名残を消し、何世紀も続いてきた「本来のスペイン」のシンボルへ回帰する。そういう意味を持つ変更でした。


ちなみに:「ヘラクレスの柱」と「$」記号

マニアックな話ですが、世界の通貨記号「$」の起源について、興味深い説があります。

「$」記号は、スペイン国章のヘラクレスの柱(2本の縦線)と、それを巻く帯(S字状のリボン)から来ている、という説です。2本の柱が縦の2本線になり、巻く帯がS字になり、合成されて「$」になった、というわけです。

16〜19世紀、スペインのドル銀貨(8レアル銀貨)が世界的に流通し、その通貨記号が現代の「$」に発展した、と言われています。

スペイン国旗の紋章が、世界の通貨記号の起源。これはちょっとロマンチックな話です。これも諸説ありますが、有力な仮説のひとつです。


まとめ:500年前の航海の精神が、いまも生きている

今回のスペイン国旗のまとめです。

  • 赤・黄(広)・赤の横三色(比率1:2:1)+黄色の旗竿側に国章
  • 1785年5月28日、カルロス3世の王令で制定(海上識別性向上のため)
  • 赤と黄はアラゴン王国(カトリック両王のフェルナンド2世)の紋章色から
  • 1843年、海軍旗から陸軍旗へ拡大
  • 国章の中央にヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡の両側の岩を象徴)
  • ヘラクレスの柱とモットー「Plus Ultra(その先へ)」は、1516年にカルロス1世(カール5世)の顧問ルイジ・マルリアーノが、新大陸発見を受けて「Non Plus Ultra」から変更して考案(カトリック両王時代にはまだなかった)
  • 4分割の盾はカスティーリャ・レオン・アラゴン・ナバラ・グラナダの5つの中世王国
  • 中央のブルボン家の百合は、フランス王家との関係を残す
  • フランコ時代(1939-1975)は鷲入りの特殊版、1981年に現代版に
  • 「$」記号の起源はヘラクレスの柱とリボン、という有力説あり

1492年の新大陸発見の精神が、500年以上経った今も国旗に刻まれている。スペインの国旗は、世界の地理観そのものを変えた国の自負を、紋章の隅々まで表現する1枚です。