ペルシャ湾に突き出た小さな半島の国、カタール。その国旗は、世界中の国旗のなかでも、ある意味でいちばん特別です。横幅が縦の2倍以上、比率はなんと11:28。「世界でもっとも横長な国旗」としてギネスにも認定されているんです。今回はそんなカタール国旗の話。
まずは構成のおさらい
カタール国旗の構成は、ぱっと見シンプルです。
- 旗竿側:白い帯(縦長)
- その右側:栗色(マルーン)の広い領域
- 境界:白い帯から栗色領域に向かって、9つの鋸歯状の三角形が伸びている
ただ、サイズ比が独特です。公式の縦横比は11:28で、横幅が縦の約2.55倍。これは「世界でもっとも横長の国旗」としてギネスブックにも公認されています。
並べてみると、他の国旗とどれくらい違うかわかります。
| 縦横比 | 横/縦 | |
|---|---|---|
| カタール | 11:28 | 2.55倍 |
| アメリカ | 10:19 | 1.9倍 |
| 日本 | 2:3 | 1.5倍 |
| イギリス | 1:2 | 2.0倍 |
| スイス・バチカン | 1:1 | 1.0倍(正方形) |
他の国旗が四角形なら、カタールの旗は「細長いリボン」に近いと言うと、イメージしやすいかもしれません。
9つの鋸歯は「9番目の首長国」を表す
旗の真ん中、白から栗色に向かって伸びる9つの三角形、つまり鋸歯(serration)。この9という数字には、ちゃんと歴史的な意味があります。
時は1916年。当時、ペルシャ湾岸のアラブの首長国(エミレート)は、イギリスとそれぞれ休戦条約(保護条約)を結んでいました。これは「ペルシャ湾の海賊行為を取り締まり、貿易ルートを安定させる」ためにイギリスが結んだ条約群です。
カタールが1916年11月3日にこの条約を結んだとき、これでイギリスの「休戦システム(Trucial System)」に加わった首長国は計9つになった、というのが公式の物語です。Wikipediaなどの定説的説明では、次のように9つの首長国が数えられます。
- バーレーン
- ドバイ
- アブダビ
- アジマン
- フジャイラ
- シャルジャ
- ラアスアルハイマ
- ウムアルカイワイン
- カタール(9番目)
ただし、フジャイラがイギリスに正式承認されたのは1952年なので、1916年時点の厳密な数え方とはやや食い違います。とはいえ、ペルシャ湾岸の「休戦システム」の構成国として後世にまとめて数えられている、というのが定説です。
つまり9つの鋸歯は、条約を結んだ9番目の首長国を表しています。「我々はペルシャ湾岸の協定の一員である」という宣言が、ギザギザの数で表されているわけです。
ちなみに2番目から8番目の首長国の多くは、現在はアラブ首長国連邦の構成エミレート(UAEの記事で紹介済み)です。バーレーンとカタールは、別々の独立国になりました。
なぜ赤じゃなく「栗色」? ── バーレーンと区別するための選択
カタール国旗で誰もが気になるのが、「なぜ赤じゃなくて栗色(マルーン)なんだろう?」という疑問です。
これにはじつは2つのストーリーがあって、よく語られる「日焼け変色説」と、カタール政府の公式見解とで、内容がだいぶ違うんです。
公式の理由:バーレーン国旗との差別化と、古代の紫染料の伝統
1932年、イギリスがカタールに「赤地の旗を採用しなさい」と提案したのに対して、カタール側は「いや、赤だとお隣のバーレーンと同じ。区別がつかない」と難色を示します。そこで選ばれたのが、カタール語でアル・アダム(Al Adaam)と呼ばれる、深い栗色(マルーン)でした。
カタール首長府(Amiri Diwan)の公式説明によれば、理由は2つあります。ひとつは、海上でバーレーンの赤い旗とはっきり区別するため。もうひとつは、カタール近海(アル・ホール島など)が古代からティリアン・パープル(貝紫)の世界的産地で、「我々はこの高貴な紫染料の伝統を引き継ぐ」という誇りを込めたためです。
つまり、意図的でアイデンティティ重視の選択だった、というのが公式の物語です。
巷の俗説:強烈な太陽が赤を栗色に変えた
一方で、世界中の国旗マニアの間で語り継がれている逸話が、「もとは赤かったが、ペルシャ湾の強烈な太陽で染料が褪せて栗色になり、その色をそのまま採用した」という説です。「色が褪せたら、その褪せた色を国の色にする」というドラマチックさが受けて広まったエピソードですが、歴史学的・旗章学的な根拠は薄く、後世の俗説とされています。
バーレーンと区別したかった、そして古代紫の伝統を引き継ぎたかった。この2点が公式の理由で、1936年に「マルーン」として正式に標準化されました。
11:28という極端な比率の理由
世界でもっとも横長な国旗、11:28という比率がどこから来たかというと、実は明確な記録はあまりないんです。
歴史的に、カタールの旗は19世紀から横長傾向でしたが、徐々に比率が引き伸ばされていった結果、20世紀後半に11:28で公式化されました。
理由としては、いくつかが推測されています。第一に、海上掲揚の伝統です。横長の方が、海上で風になびいた時に視認性が高く、湾岸の海洋国家らしい配慮だというものです。第二に、隣国との差別化です。バーレーンと似た構造のため、比率を変えて区別したかった、という見方です。第三に、王家の旗としての伝統で、18世紀以来、サニー家(アール・サーニー)の旗が横長だった、というものです。
決定打となる文書は明確に残っていない、というのが実情で、複数の要因が重なった結果として現在の比率に落ち着いた、というのが研究者の見方です。
理由ははっきりしないが、ともかく世界一横長。これも国旗あるあるの「グレーゾーン」かもしれません。
バーレーン国旗との比較
カタール国旗を見るとき、お隣のバーレーン国旗との比較は避けて通れません。
| カタール | バーレーン | |
|---|---|---|
| 色 | 栗色(マルーン) | 赤 |
| 鋸歯の数 | 9つ | 5つ |
| 縦横比 | 11:28 | 3:5 |
| 条約締結順 | 9番目 | 1番目 |
鋸歯型の構造は同じだけれど、色・数・比率がすべて違う、という関係性です。
ちなみにバーレーンも以前は鋸歯の数が違っていて、最初は28個もあった時期もあります(ストロベリー・コルム旗と呼ばれました)。1932年に8つに、2002年にようやく5つに固定されました。鋸歯の数で歴史を表すのは、湾岸諸国の旗の共通の発想なんです。
バーレーンの「5つの鋸歯」はイスラム五行(五柱)を表す、というのが現在の解釈です。同じ系統の旗で、似た構造を持ちながら、意味は別というあたりが面白いところです。
まとめ:日焼けが、国旗の色を決めた
今回のカタール国旗のまとめです。
- 栗色(マルーン)と白の鋸歯型の旗
- 縦横比11:28で、世界でもっとも横長な国旗(ギネス公認)
- 9つの鋸歯は、1916年にイギリスと休戦条約を結んだ9番目の首長国を表す
- 栗色(マルーン)は、バーレーンの赤と海上で区別するため、加えてカタール近海で生産された古代のティリアン・パープルの伝統を引き継ぐために意図的に選ばれた色(1936年標準化)。「日焼けで褪せた」という説は世界中で語られる有名な俗説
- バーレーン国旗(5つの鋸歯+赤色)と同系統だが、色・数・比率で意図的に区別している
- 1971年7月9日採用、9月3日に英国から独立
世界一の横長と、隣国と区別するために選ばれた誇り高い栗色。カタールの旗は、湾岸の地政学と古代の紫染料の伝統が、デザインを決定した、世界でもっとも個性的な1枚です。