金色の地に、4本の赤い縦帯。フランス南部、地中海とラベンダーの地、プロヴァンスの旗「サン・エ・オール(血と金)」です。この赤い帯、実はカタルーニャやアラゴンの「4本帯」とまったく同じ起源で、バルセロナ伯の紋章から来ています。今回はそんなプロヴァンスの旗の話です。
まずは構成のおさらい
プロヴァンス旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:金(黄)
- 4本の赤い縦帯(パル)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 金:プロヴァンスの富・繁栄・気高さ
- 赤い帯:バルセロナ伯の紋章に由来
金地に4本の赤い縦帯を配した「血と金(サン・エ・オール)」、地中海の地の旗です。
「実はカタルーニャと兄弟」
プロヴァンス旗の、はたログ的に最高の発見を見ていきます。
バルセロナ伯の紋章
赤い帯は、おなじみの起源を持っています。バルセロナ伯の紋章に由来し、その子孫であるプロヴァンス伯・フォワ伯・アラゴン連合王国の王に受け継がれました。1112年、バルセロナ伯ラモン・バランゲー3世がプロヴァンス女伯ドゥースと結婚し、両者が結びついたのです。
カタルーニャの4本帯と同じ
ここで、はたログの記事がつながります。プロヴァンスの赤い帯は、カタルーニャ・アラゴン・バレアレス諸島・バレンシアの「4本帯」とまったく同じ起源です。違いは向きにあり、カタルーニャ(セニェーラ)は赤帯が横向き、プロヴァンスは縦向きです。
スペインの「4本帯ファミリー」が、海を越えてフランスのプロヴァンスにも広がっていた。これまでの記事が一気につながる瞬間です。アラゴンの地中海ネットワークは、フランス南部にも及んでいたのです。
血で書いた、同じ伝説
しかも、伝説まで同じです。フランスの皇帝(シャルルマーニュかシャルル禿頭王)が、傷ついた騎士の金の盾に血で4本の線を引いた、という伝説があります。「血で得た紋章は、血で書かれるべし」と言って引いたと伝えられています。
カタルーニャの「血の4本指」とそっくりの伝説で、どちらも史実かは諸説あります。プロヴァンスとカタルーニャに共通する物語です。
「アンジュー家」 ── ナポリへの架け橋
プロヴァンスの、もう1つの歴史を見ていきます。
プロヴァンス女伯ベアトリスが、アンジュー家のシャルル・ダンジューと結婚しました。シャルルは後に、ナポリ王・シチリア王になります。
プロヴァンスを通じて、アンジュー家がナポリ・シチリアへ広がった、地中海の王朝のつながりです。
プロヴァンスという地域
プロヴァンスの基本情報です。
- 正式名:プロヴァンス(Provence)。現在はプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の一部
- 主要都市:マルセイユ(Marseille)、エクス=アン=プロヴァンス
- 公用語:フランス語(プロヴァンス語(オック語)も使われます)
- 法的地位:フランス(旧地域圏)
「ラベンダーと太陽の地」
プロヴァンスといえば、一面のラベンダー畑と、地中海の太陽です。コート・ダジュール(紺碧海岸)やニースもこの地にあります。
「教皇の街アヴィニョン」
プロヴァンスには、深い歴史があります。14世紀、ローマ教皇がアヴィニョンに住みました(アヴィニョン捕囚)。ポン・デュ・ガールやアルルなど、古代ローマの遺跡も多く残っています。
「芸術家を魅了した光」
プロヴァンスの光は、芸術家を魅了しました。ゴッホ(アルル)やセザンヌ(エクス)が、その光を描いています。
まとめ:「血と金」、カタルーニャの兄弟、プロヴァンス
今回のプロヴァンス旗のまとめです。
- 金(黄)地に4本の赤い縦帯「サン・エ・オール(血と金)」
- 金は富・繁栄・気高さ、赤い帯はバルセロナ伯の紋章に由来
- 1112年、バルセロナ伯ラモン・バランゲー3世がプロヴァンス女伯ドゥースと結婚し結びついた
- 赤い帯はカタルーニャ・アラゴン・バレアレス諸島・バレンシアの「4本帯」と同じ起源
- 違いは向きで、カタルーニャ(セニェーラ)は横帯、プロヴァンスは縦帯
- アラゴンの地中海ネットワークがフランス南部にも及んでいた
- 皇帝が傷ついた騎士の金の盾に血で4本の線を引いた伝説(カタルーニャの「血の4本指」とそっくり、諸説あり)
- プロヴァンス女伯ベアトリスがアンジュー家のシャルルと結婚、シャルルはナポリ王・シチリア王に
- 現在はプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の一部、主要都市はマルセイユ
- ラベンダー畑とコート・ダジュール、14世紀のアヴィニョン捕囚、古代ローマ遺跡
- ゴッホ(アルル)・セザンヌ(エクス)が描いたプロヴァンスの光
「血と金」、実はカタルーニャと兄弟。プロヴァンスの旗は、アラゴンの地中海帝国がフランス南部にも広がっていた証を、縦の赤帯に込めた1枚です。