旗竿側に緑、フライ側に赤。その境界線の上に、金色の渾天儀(アストロラーベ風の球体)とポルトガル国章が重なります。ポルトガルの国旗は、大航海時代を切り開いた小国の旗です。渾天儀は航海術の象徴であり、5つの楯は5人のムーア人の王を撃破した伝説を伝えます。世界の国旗のなかで、最も「航海」を象徴する1枚といえるでしょう。今回はそんなポルトガル国旗の話です。


まずは構成のおさらい

ポルトガル国旗の構成は、次のとおりです。

  • 左側(旗竿側)の緑の縦帯:旗の約2/5を占めます
  • 右側の赤の領域:旗の約3/5を占めます
  • 境界線の中央:ポルトガル国章(金色の渾天儀+赤い盾+5つの楯)

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :希望と将来を表し、共和革命派の色でもあります
  • :革命と独立のために流された血、1910年共和革命の色です
  • 渾天儀(金):大航海時代、ポルトガル海洋帝国、アンリ航海王子の遺産を象徴します
  • 5つの小さな楯(キンタス):オウリケの戦い(1139年)で5人のムーア人王を撃破した伝説に由来します
  • 盾の周りの7つの城:アルガルヴェ地方の城を表します

革命の色、大航海の道具、中世の戦勝伝説。ポルトガル史の3要素を1枚に込めた国旗です。


渾天儀 ── 大航海時代の象徴

ポルトガル国旗の中心にあるのが、渾天儀(Armillary Sphere)です。

渾天儀とは

渾天儀は、天体観測や航海術に用いられた球体の器具です。複数の輪が組み合わさって天球を表現し、赤道・黄道・回帰線などの天文学的な線が示されます。古代ギリシア時代から使われ、大航海時代の航海者にとっては必需品でした。

「マヌエル様式」の象徴

ポルトガルのマヌエル1世時代(1495-1521)には、「マヌエル様式」と呼ばれるポルトガル独自の建築・芸術様式が花開きました。縄・海藻・船・渾天儀といった海洋的なモチーフを多用するのが特徴で、ジェロニモス修道院やベレン塔などに刻まれています。渾天儀は、このマヌエル1世の個人的紋章でもありました。

「大航海時代の遺産」

ポルトガルは、ヨーロッパで最初に世界へ乗り出した国です。1415年にセウタを征服してアフリカ進出を開始し、1488年にはバルトロメウ・ディアスが喜望峰に到達しました。1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインドへ達し、1500年にはペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルを発見します。そして1543年には種子島に到達し、日本に鉄砲を伝えました。

国旗の渾天儀は、世界を航海した者たちの道具そのものです。これがポルトガル国旗の核心であり、世界で唯一、航海器具を国旗の中心に置いた国家でもあります。

アンリ航海王子

渾天儀が象徴する人物が、アンリ航海王子(エンリケ航海王子、1394-1460)です。大航海時代の創始者であり、サグレシュに航海学校を設立しました。「海への扉を開いた王子」と呼ばれます。

1人の王族の探究心が、世界の歴史を変えた。これがポルトガルの誇りです。


5つの小さな楯 ── オウリケの戦い伝説

ポルトガル国旗の中央には、5つの小さな青い楯があります。

オウリケの戦い

1139年7月25日のオウリケの戦いでは、後の初代ポルトガル国王となるアフォンソ1世が、ムーア人(イスラム勢力)と戦いました。アフォンソは劣勢に立たされていたといいます。

伝説

伝説によると、戦闘前夜、アフォンソの前にキリストが現れ、「汝、5人のムーア人王を撃破するであろう」と告げました。そして実際の戦闘で、アフォンソは5人のムーア人王を撃破したと伝えられます。5つの楯は、この撃破した5人の王の盾を表し、各楯にはキリストの五つの傷を表す5つの小さな硬貨(ベザント)が描かれています。

ポルトガル建国伝説を国旗の中心に据えたこのデザインは、トルコのコソボの戦い伝説やデンマークのダンネブロー伝説と並ぶ、中世ヨーロッパの戦勝伝説の国旗化といえます。

「Quinas(キンタス)」

5つの楯は、ポルトガル語で「Quinas(キンタス)」(「5つの」の意)と呼ばれます。ポルトガルの最も基本的な国家シンボルであり、国旗や国章のほか、サッカーのナショナルチームの胸章にも使われています。


1910年10月5日 ── 共和革命と新国旗

ここからは、ポルトガル国旗の制定史を見ていきます。

王政から共和制へ

ポルトガルは、1143年から1910年まで、約767年間にわたって王政が続きました。1910年以前の国旗は、青と白の2色に王冠付き紋章を加えた、王政時代の色でした。

1910年10月5日、共和革命

そして1910年10月5日、共和革命が起こります。マヌエル2世国王が亡命し、ポルトガル第一共和国が成立しました。

1910年10月19日、新国旗のデザイン委員会

革命直後、新国旗のデザイン委員会が組織されます。メンバーは、画家のコルンバノ・ボルダリョ・ピニェイロ、政治家のジョアン・シャガス、作家のアベル・ボテーリョでした。革命の色(赤・緑)に、大航海の象徴(渾天儀)と建国伝説(楯)を組み合わせる構想です。

1911年6月30日、正式採択

そして1911年6月30日、新国旗が正式に採択されました。青と白から緑と赤の縦二色へと改められ、中央に渾天儀と国章が置かれます。

王政の青白から、共和制の緑赤へ。これが1911年の劇的な転換であり、フランスやイタリアと並ぶ、19〜20世紀ヨーロッパの共和革命型国旗です。

赤と緑の意味

赤は革命の色で、カルボナリ党や共和主義者の旗の色でした。緑は希望や未来を表し、旧王政旗(青白)との混同を避けるために追加されたものです。

実用的な区別から始まった色が、現代のシンボルになった。これは、フランス国旗の白(ブルボン王朝色)が加わったのと似たパターンです。


ポルトガルという国

ポルトガルの基本情報です。

  • 正式名:ポルトガル共和国(República Portuguesa)
  • 首都:リスボン(Lisboa)
  • 面積:約9.2万km²(北海道とほぼ同じ)
  • 人口:約1,030万人
  • 公用語:ポルトガル語
  • 宗教:ローマ・カトリック(約81%)

「ヨーロッパ最古の国境」

ポルトガルには、驚くべき記録があります。1297年のアルカニーゼス条約でスペイン(カスティーリャ)との国境を確定し、以後、約730年間ほぼ同じ国境を維持してきました。世界で最も古い、変わらない国境を持つ国とされます。

国旗の安定性は、国境の安定性でもあります。これはポルトガルの長い独立の歴史を反映しています。

「世界最大の海洋帝国」

ポルトガルは、16世紀に世界最大の海洋帝国でした。ブラジル、アンゴラ、モザンビーク、ギニアビサウ、カーボベルデ、サントメ・プリンシペ、マカオ、東ティモール、ゴア、マラッカなどを支配します。ヨーロッパで初めて、ヨーロッパ以外の大陸に植民地を持った国でもありました。このポルトガル海洋帝国(1415-1999)は、約585年の植民地時代に及びます。

「世界に最も普及した言語のひとつ」

ポルトガル語は、世界で約2億6,000万人が話す言語です。話者の多くはブラジル(約2.1億人)で、ポルトガル本国(約1,000万人)のほか、アンゴラ、モザンビーク、カーボベルデ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ、東ティモール、マカオにも広がっています。これら9カ国はポルトガル語圏(CPLP)として連合を組んでいます。

国旗の渾天儀は、今も世界に広がるポルトガル語の伝統につながる、現代の遺産です。

「ファド」 ── 魂の音楽

ポルトガルには、世界遺産級の文化があります。ファド(Fado)です。19世紀のリスボンで生まれた歌謡曲で、「サウダージ(懐かしさ・憧憬)」を歌います。2011年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。

国旗の赤は情熱を、緑は希望を表します。ファドは、その両方を歌う音楽だといえるでしょう。

「サウダージ」 ── ポルトガル人の精神

サウダージは、ポルトガル語の独特の感情を表す言葉です。「懐かしさ、憧憬、失われたものへの愛しみ」を意味し、「翻訳不能な単語」として有名です。ポルトガル人の集合的な感情だといわれます。

大航海時代の栄光と、その後の衰退。この歴史が、サウダージという感情を生んだとも言われます。


ちなみに:日本との関係

ポルトガルと日本には、意外と深い歴史があります。

1543年、種子島

1543年、ポルトガル人が種子島に漂着しました。日本初のヨーロッパ人到達です。このとき鉄砲が伝えられ、戦国時代の戦術を変えました。やがて宣教師も来日し、1549年にはフランシスコ・ザビエルが訪れます。

日本語に残るポルトガル語

そして、多くのポルトガル語が日本語に残りました。「パン」は pão、「カステラ」は castella、「タバコ」は tabaco、「ボタン」は botão に由来します。「テンプラ」は tempero から(諸説あり)、「カッパ(合羽)」は capa からとされます。

国旗の渾天儀は、種子島に来た船に積まれていた航海器具だった、という想像も可能です。ポルトガル国旗は、日本史の重要な瞬間とも結びついています。


まとめ:大航海時代の旗、世界一情報量の多い国章

今回のポルトガル国旗のまとめです。

  • 緑(左、2/5)と赤(右、3/5)の縦二色に、中央の金色の渾天儀とポルトガル国章を組み合わせる
  • 1911年6月30日、共和革命後に正式採択された
  • デザイン委員会はコルンバノ・ボルダリョ・ピニェイロ(画家)、ジョアン・シャガス(政治家)、アベル・ボテーリョ(作家)
  • 緑は希望・共和革命派の色、赤は革命の血・カルボナリ党の色
  • 渾天儀(金)は大航海時代・ポルトガル海洋帝国・アンリ航海王子・マヌエル1世の遺産
  • 5つの楯(キンタス)は1139年オウリケの戦いで5人のムーア人王を撃破した伝説
  • 各楯にキリストの五つの傷を表す5つの硬貨(ベザント)が描かれる
  • 周りの7つの城はアルガルヴェ地方の城
  • 1910年10月5日、共和革命で王政(青白の旗)から共和制(緑赤)へ
  • 1297年アルカニーゼス条約以来、730年間ほぼ同じ国境(世界最古)
  • 16世紀、世界最大の海洋帝国(1415-1999)
  • 1543年、種子島に漂着し日本に鉄砲とキリスト教を伝える
  • 日本語に多数のポルトガル語が残る(パン・カステラ・タバコ・ボタンなど)
  • ポルトガル語は世界で約2.6億人が話す(ブラジルが最多)
  • ファド(2011年ユネスコ無形文化遺産)、サウダージという翻訳不能な感情

渾天儀が、500年前の航海者たちと現代を結ぶ。ポルトガルの国旗は、大航海時代の精神を緑と赤と金の象徴に込めた、世界で最も「航海」を体現する旗です。