赤地の中央に、黄色い太陽。8本の光線が縁から伸びています。北マケドニアの国旗、バルカン半島の小国の旗です。1995年、ギリシャとの「マケドニア名前論争」で、当初のヴェルギナの太陽を変更し、さらに2019年には国名そのものを「マケドニア」から「北マケドニア」へ変更しました。30年以上続いたバルカンの民族論争を反映した1枚です。今回はそんな北マケドニア国旗の話です。
まずは構成のおさらい
北マケドニア国旗は、赤い背景の中央に黄色の太陽を置き、その太陽から8本の光線が旗の縁まで伸びる構成です。光線はX字と十字を組み合わせた形になっています。
色とシンボルの意味は、次のとおりです。
- 赤:マケドニア民族の独立闘争の血、勇気
- 黄:新しい自由の太陽、アレクサンドロス大王の伝統
- 8本の光線:地平線まで広がる自由
シンプルな赤と黄に、光線が広がる。バルカンの新しい独立国家の旗です。
1995年10月5日 ── ギリシャとの論争で変更
北マケドニア国旗には、世界的に注目された変更があります。
1991年、独立
1991年9月8日、ユーゴスラビアの崩壊にともなってマケドニア共和国が独立しました。当初の国旗は赤地にヴェルギナの太陽(16本の光線)を描いたもので、「クトレシュ旗」として知られています。
「ヴェルギナの太陽」 ── 古代マケドニアのシンボル
ヴェルギナの太陽(Vergina Sun)は、古代マケドニア王国の都アイガイにあたるヴェルギナの王陵で発見されたシンボルです。フィリッポス2世やアレクサンドロス大王の家系の象徴であり、ギリシャはこれを古代マケドニアの遺産だと主張していました。
1995年、ギリシャの抗議
1995年、ギリシャは世界知的所有権機関(WIPO)に商標登録を申請します。ヴェルギナの太陽はギリシャの古代遺産であり、新生マケドニア共和国は使うべきではない、という主張でした。ギリシャによる経済封鎖も行われました。
1995年9月、ニューヨーク協定
そして1995年9月13日、両国がニューヨーク協定を締結します。この協定で、マケドニアはヴェルギナの太陽を削除し、新しい太陽デザインを採用することになりました。
1995年10月5日、新国旗
1995年10月5日、ミロスラフ・グルチェフ(Miroslav Grčev)がデザインした新国旗が採択されます。光線はヴェルギナの太陽の16本から8本に減り、「新しい自由の太陽」となりました。
国旗を変更することで、ギリシャとの紛争を解決する。これが1995年の合意でした。
2019年2月12日 ── 国名変更
そして24年後、さらに大きな変更がありました。
マケドニア名前論争
1991年から2019年まで、ギリシャとマケドニアのあいだには名前論争が続いていました。ギリシャは、マケドニアはギリシャ北部の地名であり、新生国家が使うべきではないと主張します。そのため新生国家は、国際機関では「FYROM(Former Yugoslav Republic of Macedonia、旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国)」として呼称され、国連・EU・NATOへの加盟も阻止されていました。
2018年6月、プレスパ協定
2018年6月17日、ギリシャ首相アレクシス・ツィプラスとマケドニア首相ゾラン・ザエフがプレスパ協定を締結します。国名を「北マケドニア共和国」に変更すること、ギリシャは新名称を承認すること、そしてマケドニアのEU・NATO加盟を支持することが、この協定で取り決められました。
2019年2月12日、国名正式変更
2019年2月12日、「マケドニア共和国」は「北マケドニア共和国」へ正式に改称されます。30年の論争に終止符が打たれました。なお国旗は変更されず、1995年版がそのまま継続して使われています。
2020年3月27日、NATO加盟
そして2020年3月27日、北マケドニアはNATOに加盟しました。長年の懸念だった国際機関への加盟が実現したのです。
国名を変えてまで国際社会の一員になることを選んだ。これが、北マケドニアの21世紀の物語です。
ミロスラフ・グルチェフ ── デザイナー
北マケドニア国旗のデザイナーは、ミロスラフ・グルチェフ(Miroslav Grčev)です。
「マケドニアの建築家・デザイナー」
グルチェフは、マケドニアの著名な建築家・芸術家です。マケドニア建築家連盟の創設者であり、マケドニアの紙幣・硬貨・紋章のデザインも手がけました。
1995年、緊急国旗デザイン
ギリシャとの紛争解決のため、グルチェフは1995年に新国旗をデザインしました。ヴェルギナの太陽を新しい太陽に変え、8本の光線によって古代マケドニアとは異なることを強調したデザインです。
北マケドニアという国
北マケドニアの基本情報です。
- 正式名:北マケドニア共和国(Република Северна Македонија)
- 首都:スコピエ(Skopje)
- 面積:約2.6万km²
- 人口:約205万人
- 公用語:マケドニア語、アルバニア語
- 宗教:マケドニア正教(約65%)、イスラム教(約33%)
「マケドニア人とアルバニア人」
北マケドニアの民族構成は、マケドニア人が約64%、アルバニア人が約25%で、ほかにトルコ系やロマなどがいます。
北マケドニアは多民族国家だというのが現実です。2001年のマケドニア紛争では、アルバニア人の権利拡大が合意されました。
「スコピエ」 ── マザー・テレサの故郷
首都スコピエは、マザー・テレサの生地です。1910年、マザー・テレサ(Mother Teresa)はアルバニア系カトリック教徒の家系に、このスコピエで生まれました。後にインドで活動し、ノーベル平和賞を受賞しています。
国旗の太陽をマザー・テレサの慈愛の光と重ねる、という現代的な解釈もできます。
「アレクサンドロス大王の故郷」?
そして、ギリシャとの論争の根本にあるのが古代マケドニア王国です。古代マケドニア王国(紀元前7-2世紀)は、現代の北マケドニアとギリシャ北部にまたがっていました。フィリッポス2世やアレクサンドロス大王はその王であり、両国とも「アレクサンドロスの遺産」を主張しています。
古代帝国の領土が、現代の2つの国の論争になっている。これがマケドニア論争です。
まとめ:ヴェルギナの太陽から、自由の太陽へ
今回の北マケドニア国旗のまとめです。
- 赤地の中央に黄色い太陽(8本の光線が縁まで伸びる)
- 1995年10月5日、現代版を正式採択
- 設計者はミロスラフ・グルチェフ(マケドニアの建築家・デザイナー)
- 1991年9月8日、ユーゴスラビアから独立、当初は「ヴェルギナの太陽」(16本光線)の国旗
- 1995年、ギリシャがヴェルギナの太陽の使用に抗議、WIPOに商標申請
- 1995年9月13日、ニューヨーク協定で国旗変更を合意
- 8本光線の「自由の太陽」に変更(16本から8本へ)
- 赤はマケドニア民族の独立の血、黄は新しい自由の太陽を表す
- 2018年6月17日、プレスパ協定で国名変更に合意
- 2019年2月12日、「マケドニア共和国」から「北マケドニア共和国」に正式改称
- 2020年3月27日、NATO加盟
- 民族構成はマケドニア人64%・アルバニア人25%
- 首都スコピエはマザー・テレサ(1910-1997)の生地
- 古代マケドニア王国(フィリッポス2世・アレクサンドロス大王)の遺産を巡るギリシャとの論争
ヴェルギナの太陽から、新しい自由の太陽へ。北マケドニアの国旗は、21世紀のバルカン民族論争を解決し、国名そのものを変えた現代国家の物語を体現した1枚です。