緑・白・緑の縦三色。ナイジェリアの国旗、アフリカ最大の人口国家の旗です。シンプルなデザインですが、その裏には「ロンドン留学中の23歳の学生が、3,000以上の応募から選ばれた」という、ドラマチックな誕生物語があります。そして実は、赤い太陽を含む元のデザインから、選考委員会が太陽を削ったというエピソードもあります。今回はそんなナイジェリア国旗の話。
まずは構成のおさらい
ナイジェリア国旗の構成は、次のとおりです。
- 縦3本の帯(左から):緑・白・緑
- 比率:1:2(横長)
- 帯の幅:均等幅
色とシンボルは極めてシンプルで、緑はナイジェリアの豊かな自然・農業・富を、白は平和・団結を表します。
2色のみでシンボルは一切なし、という、世界の国旗のなかでも最もミニマルなデザインのひとつです。それでいて、ナイジェリアという多様な国の象徴として機能している、極めて効率的な設計です。
1959年、3,000の応募から1つの当選
ナイジェリア国旗の誕生は、1959年、独立を1年後に控えた国旗デザインコンテストにさかのぼります。
独立準備期のコンテスト
1959年、当時イギリスの植民地だったナイジェリアの政府が、新国旗のコンテストを開催しました。1960年10月1日の独立時に使用する新国旗を選定することが目的で、全世界から応募が可能とされ、応募総数は約3,000件にのぼりました。
当選者は23歳の学生
そして当選したのは、ロンドン留学中の23歳のナイジェリア人学生のデザインでした。
マイケル・タイウォ・アキンクンミ(Michael Taiwo Akinkunmi、1936-2023)です。当時23歳で、ロンドンのノーウッド工科大学(Norwood Technical College)の学生でした。学んでいたのは工学で、コンテストの新聞広告を見て応募したといいます。
3,000件のなかからロンドン留学中の若い学生のデザインが選ばれたという、世界でも珍しい国旗誕生のパターンです。アルウィン・バリー(ドミニカ国)やテオドシア・オコー(ガーナ)と並ぶ、一人のデザイナーによる国旗の事例です。
元のデザインには「赤い太陽」があった
意外と知られていない事実として、アキンクンミの元のデザインには、白い帯の中央に赤い太陽がありました。
元のデザイン
元のデザインは、緑・白・緑の縦三色に加えて、白い帯の中央に赤い太陽(独立への希望)を配したものでした。
ナイジェリアに昇る独立の太陽という、マレーシア国旗の太陽やアルゼンチン国旗の太陽と同様のシンボルだったのです。
選考委員会が太陽を削除
しかし選考委員会は、よりシンプルで洗練されたデザインにするために、太陽を削除するよう決定します。よりシンプルで普遍的な2色のほうが力強く識別性が高い、という理由でした。公式記録に残る理由はこれが中心で、後世には「民族・宗教の融和への配慮」として解釈されることもありますが、選考委員会の明確な公式コメントとしては記録に残っていません。
アキンクンミはこの要請を受け入れて、太陽なしのバージョンを提出しました。
太陽を削ったことで、ナイジェリア国旗は世界で最もミニマルな国旗のひとつになったという、「引き算の美学」を実証する事例です。
「もし太陽があったら…」
もし元のデザインのまま採用されていたら、いくつかの違いが生じていたかもしれません。ニジェールの旗(オレンジ・白・緑+太陽)と似たデザインになり、国際的な認知度は今より低かった可能性があり、隣国との混同もあり得たでしょう。
選考委員会の判断が、結果的に世界で最も識別性の高いアフリカ旗のひとつを生んだ、という結果論です。
1960年10月1日、独立
ナイジェリア国旗の正式採択は、1960年10月1日、独立の瞬間でした。
「アフリカの巨人」誕生
1960年10月1日午前0時、ナイジェリアがイギリスから独立します。首都は当時ラゴス(現在はアブジャ)で、新国旗が初めて公式に掲揚されました。アキンクンミも独立式典に招待されています。
アキンクンミの後の人生
国旗のデザイナーとして選ばれた後、アキンクンミは100ポンドの賞金を受け取りました(当時の金額として相当な額です)。しかしその後は、政府関係の仕事に長く従事します。ナイジェリア帰国後は政府職員として勤務し、長く目立たない暮らしを続けました。晩年は経済的に苦しい時期もあったといいます。2014年、ナイジェリア政府が「国旗のデザイナー」として公式に表彰し、国民的英雄となりました。そして2023年8月29日、87歳で逝去しています。
国旗を作った人が長く忘れられていたというのは、フランス三色旗など多くの国旗にも共通する話です。ナイジェリアでは、晩年に正式に名誉が回復されたのは幸運な例といえます。
ナイジェリアという国
ナイジェリアの基本情報です。
- 正式名:ナイジェリア連邦共和国(Federal Republic of Nigeria)
- 首都:アブジャ(1991年にラゴスから移転)
- 最大都市:ラゴス(人口約2,000〜3,000万、アフリカ最大級)
- 面積:約92.4万km²
- 人口:約2.3億人(アフリカ最大)
- 公用語:英語
- 主要民族:ハウサ族、ヨルバ族、イボ族など250以上の民族
- 宗教:イスラム教(約50%、主に北部)、キリスト教(約45%、主に南部)
「アフリカの巨人」
ナイジェリアは、アフリカでもっとも人口が多く、経済規模も大きい国のひとつです。アフリカ人口の約17%を占め、アフリカGDPの上位(エジプト・南アフリカと並ぶ)に位置し、「Giant of Africa(アフリカの巨人)」の異名を持ちます。
「250以上の民族」
ナイジェリアの最大の特徴は、250以上の民族グループが暮らす多様性です。北部にはムスリムが多数を占めるハウサ族・フラニ族、南西部にはキリスト教と伝統宗教のヨルバ族、南東部にはキリスト教が多数のイボ族が暮らし、ほかにもエド族・ティブ族・イジョー族など多数の民族がいます。
ナイジェリア国旗の白が表す平和と団結というシンボルは、250民族・2つの主要宗教の共存という現実の挑戦を映しています。
1967-1970年、ビアフラ戦争
国旗の白=団結が、最も激しく試されたのが、ビアフラ戦争(1967〜1970年)です。イボ族中心の南東部が「ビアフラ共和国」として独立を宣言し、3年間の内戦となりました。死者は100〜300万人(多くは餓死)にのぼり、最終的にナイジェリア政府が勝利して統一を回復しています。
国旗の白い帯が、両側の緑(北部と南部)を結びつけるという解釈は、ビアフラ戦争の歴史を考えるとより重い意味を持ちます。
「諸説あり」 ── 国旗の意味の追加解釈
ナイジェリア国旗の意味には、公式以外の追加的な解釈もあります。
緑=農業+未来
緑は公式には森林・農業・富を表しますが、追加の解釈として、棕櫚・ヤム・カカオ・コーヒーなどの主要農産物を指すとも言われます。
白=平和+ニジェール川
白は公式には平和・団結を表しますが、追加の解釈として、国を南北に分かつ大河ニジェール川の象徴とも言われます。
国旗の白い縦帯がニジェール川を表すという解釈は、地理的にもデザインと一致するため、ナイジェリア国内でよく語られる説です。公式解釈ではありませんが、諸説あるところです。
「Niger」と「Nigeria」
国名「ナイジェリア」(Nigeria)は、ニジェール川(Niger River)に由来します。「Niger(ニジェール川)」に「-ia(地域・国を表す接尾辞)」を付けた、「ニジェール川の国」という意味です。「Niger」自体の語源は、ラテン語の「niger(黒い)」に直接由来するとよく俗に言われますが、実際は地元のベルベル語「ger-n-ger(川の中の川/大きな川)」やツアレグ語に由来する説が言語学的に有力で、「黒い」との結びつけは俗説です。1897年、イギリス人ジャーナリストのフローラ・ショー(後のルガード卿夫人)が命名しました。隣国「ニジェール」も同じ川に由来します。
1つの川が2つの独立国家の名前になったというのは、世界でも珍しい命名の例です。
ちなみに:石油大国
ナイジェリアの現代の経済の柱は、石油です。
「アフリカ最大の産油国」
ナイジェリアはアフリカ最大の石油生産国(推定埋蔵量は3位)です。ニジェール・デルタの石油田が中心で、国家収入の約70〜80%を石油が占めます。
「石油の呪い」
しかし石油があっても、ナイジェリアは経済的に苦戦しています。ナイジェリア・デルタ地域の環境破壊・石油流出が問題となり、収益が一部エリートに集中して貧困層は恩恵を受けず、武装勢力やパイプライン破壊などの治安問題も抱えています。
石油大国によくある経済問題である「資源の呪い(Resource curse)」を、ナイジェリアも抱えているのです。
国旗の緑が資源の富を、白がそれを公平に分かち合う団結を象徴するとすれば、それが現実には完全に実現していない、というのが現代ナイジェリアの課題です。
まとめ:3,000のなかから、最もシンプルな1枚
今回のナイジェリア国旗まとめ。
- 緑・白・緑の縦三色(1:2)
- 1960年10月1日、独立と同時に正式採択
- デザイナーはマイケル・タイウォ・アキンクンミ(当時23歳、ロンドン留学中の学生)
- 1959年の国旗コンテストで3,000件の応募から選出
- 元のデザインは白い帯に「赤い太陽」、選考委員会の要請で削除
- 太陽を削ったことで、世界でも最もミニマルな国旗のひとつに
- 緑=森林・農業・富、白=平和・団結
- 白い縦帯はニジェール川を象徴するという非公式解釈もあり(諸説あり)
- 国名「Nigeria」はニジェール川に由来、1897年にフローラ・ショーが命名
- ナイジェリアはアフリカ最大の人口国家(約2.3億人、250以上の民族)
- 1967-1970年のビアフラ戦争で「白=団結」が試された
- 賞金は当時100ポンド、アキンクンミは2014年に正式表彰、2023年8月29日に87歳で逝去
- アフリカ最大の産油国だが「資源の呪い」を抱える
赤い太陽が削られて、世界一シンプルなアフリカ旗に。ナイジェリアの国旗は、23歳の留学生のデザインが、選考委員会の引き算によって最終的に最も力強い形になったという、「引き算の美学」を体現する1枚です。