赤地に青い縁取り、二つの三角形が重なった独特な形。ネパールの国旗は、世界で唯一、長方形ではない国旗です。しかも縦のほうが横より長い、唯一の国旗でもあります。そして形状そのものが、国家の憲法によって数式で定義されているという、世界の国旗のなかで最も数学的な1枚。今回はそんなネパール国旗の話。
まずは構成のおさらい
ネパール国旗の構成は、次のとおりです。
- 形:2つの三角形を上下に重ねた、ペナント(ペノン)形状
- 背景:深紅(クリムゾン・レッド)
- 縁:青いボーダー
- 上の三角形:白い三日月+8つの光線
- 下の三角形:白い太陽+外観上12の光線(憲法付属書の作図上は16本で設計され、うち4本が上の三角形との重なりで隠れる)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:ネパールの国花ラリーグラス(シャクナゲ)の色、ネパール人の勇気
- 青縁:平和
- 三日月:ヒマラヤの涼しい気候、月の永遠性、王家
- 太陽:南部テライ平野の暑い気候、太陽の永続性
- 2つの三角形:ヒマラヤ山脈の象徴、またはヒンドゥー教と仏教の2大宗教
月と太陽の永遠性に、自国の存続を重ねる。世界でもっとも哲学的な国旗のひとつです。
「世界で唯一、長方形ではない国旗」
ネパール国旗の最大の特徴は、長方形ではないことです。
世界の国旗の99%は長方形
世界の独立国家の国旗は、国際標準的に長方形です。比率は1:2、2:3、3:5などさまざまですが、形はすべて長方形か正方形で、例外はネパールのみです。
ペナント(旗手の旗)から進化
ネパール国旗の形は、ペナント(Pennon、Pennant)と呼ばれます。元々は槍や馬上槍試合などで使われた三角形の旗で、王や騎士が掲げたものです。長方形の国旗が近代国家の典型であるのに対し、ペナント形は古い王朝の伝統を受け継いでいます。
ネパールは長く独立した王国だったため、現代の標準的な国旗フォーマットを採用せず、伝統的なペナント形を守ったのです。
縦のほうが長い、唯一の国旗
ネパール国旗のもうひとつの特異点は、縦幅が横幅より長いことです。公式比率は縦4対横3で、縦が長くなっています。これは世界で唯一です。
長方形ではないうえに、縦のほうが長い。この二重の特殊性によって、世界の国旗のなかで圧倒的に独自のフォーマットとなっています。
数式で定義された国旗
ネパール国旗のもうひとつの世界的な特徴は、形状がネパール憲法に数式で記述されている点です。
憲法の付属書
ネパール憲法の付属書1には、国旗の作り方が数学的に正確に記述されています。
```
- 旗の左下隅から、適切な長さABを底辺とする。
- ABの上に垂直線ACを引く(AC = AB × 4/3)。
- C点からDA線(ABに平行)を引く。
- DA上の点EからF点へ、適切な角度で線を引く。
... ```
国旗を作るための幾何学的な手順です。直線・角度・円弧の交点として座標を計算して、初めて正しい形のネパール国旗が描けます。
「世界一作りにくい国旗」
ネパール国旗は、製造業者にとって悪夢のような存在です。長方形の生地を切り抜く必要があり、数学的に正確な比率と角度が求められ、国旗法違反になりかねないため慎重な作業を要します。国旗法的に厳密で、ミリメートル単位での精度が要求されるのです。
世界で最も製造が難しい国旗。これはトルクメニスタンの複雑な絨毯模様と並ぶ、製造難易度の高い旗です。
月と太陽 ── 2つの三角形
ネパール国旗の2つの三角形は、それぞれ深い意味を持っています。
上の三角形 ── 月
上の三角形には、白い三日月と8つの光線が描かれています。その意味は4つあります。ネパール北部の高地を表すヒマラヤの涼しい気候。「ネパールは月のように長く存続する」という月の永続性。後述のシャー王朝という王家の象徴。そして、月をかぶった神であるヒンドゥー教のシヴァ神です。
下の三角形 ── 太陽
下の三角形には、白い太陽と外観上12の光線が描かれています(憲法の作図手順では16本で設計され、上の三角形との重なりで4本が隠れる仕組みです)。その意味も4つあります。南部テライ平野の暑い気候。「ネパールは太陽のように長く存続する」という太陽の永続性。旧マハラジャ家であるラナ家の象徴。そして、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神です。
「月+太陽」の二重性
月と太陽が並ぶというシンボリズムは、さまざまな二重性を表します。北部の山と南部の平野という地理的多様性。王家とマハラジャ家という19世紀末から20世紀中頃にかけての政治的二重構造。ヒンドゥー教の2神という宗教的多様性。そして、月と太陽がある限りネパールは存続するという永遠性です。
1枚の国旗が、地理・歴史・宗教・哲学を同時に表現する。これは世界の国旗のなかでネパールだけの密度です。
1962年12月16日 ── 現代版の制定
ネパール国旗の制定史を見ていきます。
古い旗 ── 「人面の月と太陽」
1962年以前、月と太陽には、それぞれ人間の顔が描かれていました。月の中にも太陽の中にも人間の顔があり、これは古代から続く伝統的な宗教的表現でした。
1962年12月16日、新憲法と新国旗
1962年12月16日、マヘンドラ王の新憲法制定と同時に、国旗が近代化されました。月と太陽の人面を削除してシンプル化し、形状を数学的に厳密に標準化したのです。デザイナーは土木技師のシャンカル・ナス・リマル(Shankar Nath Rimal)です。
伝統的なシンボルを、近代的な数学的厳密性で再構成する。それが1962年版の特徴です。
シャンカル・ナス・リマル
シャンカル・ナス・リマルは、ネパールの土木技師です。マヘンドラ王の依頼で国旗を標準化し、数学的な構築手順を考案しました。世界一複雑な国旗の数学定義を考えた人物です。
技師が国旗を設計するというのは、世界の国旗のなかで珍しいことです。普通はデザイナーや芸術家、政治家が手がけます。数学的厳密性は、技師の発想ならではの選択だったのでしょう。
「世界最古の国旗のひとつ」
ネパール国旗の2つの三角形のフォーマットは、何世紀も前から続いています。
19世紀の起源
現在の2三角形フォーマットは、19世紀中頃のラナ家時代に整備されました。上の三角形がシャー王朝(王家)の旗、下の三角形がラナ家(宰相家)の旗であり、両者を上下に組み合わせてネパール国の旗としたのです。
さらに古い起源
そして、2つの三角形のシンボル自体は、もっと古いものです。ヒンドゥー教の伝統的な旗において三角形は神聖な形であり、古代インド・古代ネパールから続く伝統です。ネパールの旗の原型は、数世紀から1000年以上前まで遡れるとされることもあります。
世界で最も古い国旗デザインのひとつ。そんな説もあり、デザインの根本的なルーツの古さという点では、デンマークのダンネブローなどと並び世界最古級と語られることがあります(現代の確定形は1962年制定ですが、2つの三角形のフォーマット自体は数世紀のルーツがあります)。
ネパールという国
ネパールの基本情報です。
- 正式名:ネパール(नेपाल、Nepal)
- 首都:カトマンズ(Kathmandu)
- 面積:約14.7万km²
- 人口:約3,000万人
- 公用語:ネパール語(インド・ヨーロッパ語族)
- 宗教:ヒンドゥー教(約81%)、仏教(約9%)、イスラム教(約4%)
「ヒマラヤの国」
ネパールの最大の特徴は、ヒマラヤ山脈です。世界の8,000m峰のうち、8座がネパール領内にあります。世界最高峰のエベレスト(8,848.86m)はネパール語名を「サガルマータ」といい、ほかにもアンナプルナ・マナスル・カンチェンジュンガなどがそびえます。山岳観光・トレッキングが主要産業のひとつです。
「世界で唯一のヒンドゥー王国」だった
ネパールは、2008年まで世界で唯一のヒンドゥー王国でした。1768年にシャー王朝が統一し、約240年間にわたって王制が続きました。2001年にはディペンドラ皇太子が王族9人を射殺するナラヤンヒティ王宮事件が起き、2008年5月28日に王制が廃止されて共和制へ移行しました。
ヒマラヤの王国が、共和国になる。これは21世紀の世界政治のなかでも記念すべき出来事でした。国旗はそのまま継続して使用されています。
「2015年大地震」
2015年4月25日、マグニチュード7.8のネパール大地震が発生しました。約9,000人が死亡し、エベレスト・ベースキャンプも被害を受けました。国際的な支援活動が行われ、ユネスコ世界遺産のカトマンズ盆地の寺院群も大きく損壊しました。
ネパール人の勇気を表す赤い国旗。そのシンボルが、現代の災害復興でも試されています。
ちなみに:ブッダの生誕地
ネパールのもうひとつの世界的な意義は、釈迦(仏陀)の生誕地であることです。
ルンビニ
ルンビニ(Lumbini)は、ネパール南部のテライ平野にあります。紀元前6世紀頃、シッダールタ・ガウタマ(仏陀)がここで生まれました。ユネスコ世界遺産であり、世界中の仏教徒の巡礼地となっている、仏教発祥の地です。
国旗の太陽の光線は、ブッダの教えが世界に広がる光である、という解釈もあります。ヒンドゥー教国家であると同時に、仏教発祥の地でもある。それがネパールの宗教的二重性です。
まとめ:月と太陽の永遠性
今回のネパール国旗まとめ。
- 2つの三角形(ペナント形)を上下に重ねた独特な形+深紅地+青縁+白い月(上)と白い太陽(下)
- 世界で唯一の非長方形国旗、唯一の縦長国旗
- 1962年12月16日、マヘンドラ王の新憲法と同時に現代版を制定
- 設計はシャンカル・ナス・リマル(土木技師)、数学的に厳密な構築手順
- 国旗の形状は憲法付属書1に幾何学的に定義されている
- 1962年以前は月と太陽に人面があったが削除(近代化)
- 赤=ラリーグラス(国花)・勇気、青縁=平和
- 月=ヒマラヤの寒冷気候・月の永続性・王家・シヴァ神
- 太陽=テライ平野の温暖気候・太陽の永続性・ラナ家・ヴィシュヌ神(外観12光線、作図上は16光線)
- 上の三角形(シャー王朝)+下の三角形(ラナ家)の2家構造
- 「ネパールは月と太陽のように永遠に存続する」というメッセージ
- 2つの三角形フォーマットは19世紀以前から続く伝統
- 世界8,000m峰8座を抱えるヒマラヤの国
- 2008年まで世界で唯一のヒンドゥー王国、王制廃止後も国旗継続
- 釈迦の生誕地ルンビニを擁する仏教発祥の地
月と太陽の永遠性が、ネパールの国家の存続を保証する。ネパールの国旗は、形・色・シンボル・数学的定義すべてにおいて、世界の国旗のなかで唯一無二の1枚です。