緑・黒・黄の3本の横帯、左に赤い三角形。その中に、カラシニコフ(AK-47)と鍬が交差し、本の上に置かれ、黄色い星が輝く。モザンビークの国旗は、世界で唯一、近代兵器(突撃銃)が描かれた国旗です。FRELIMO(モザンビーク解放戦線)の党旗をそのまま継承し、独立闘争の血の歴史を率直に描いた1枚。今回はそんなモザンビーク国旗の話です。
まずは構成のおさらい
モザンビーク国旗の構成は、次のとおりです。
- 横3本の帯(上から):緑・黒・黄。白い細い縁取りで区切られる
- 左側:赤い三角形
- 赤い三角形のなか:黄色い5角星(国際連帯の象徴)、AK-47ライフルと鍬(銃剣付き、X字に交差)、開いた本(銃と鍬がその上に置かれる)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 緑:国土の豊かさ、農業
- 黒:アフリカ大陸、アフリカ系国民
- 黄:鉱物資源の富
- 赤:独立闘争の血、犠牲
- 白:平和
- AK-47:武装抵抗、独立闘争
- 鍬:農業、農民
- 本:教育
- 星:国際連帯、マルクス・レーニン主義、社会主義
1つの旗のなかに、独立闘争・農業・教育・国際連帯を込めた、極めて社会主義的かつ革命的なメッセージを持つ、世界で唯一無二の国旗です。
「世界唯一のAK-47旗」
モザンビーク国旗の最大の世界的特徴が、AK-47です。
「近代兵器を国旗に」
モザンビーク国旗は、世界で唯一、近代兵器を描いた国旗です。グアテマラ・ボリビア・ベリーズ国旗の国章には剣や銃がありますが、近代兵器ではありません。ベナンやアンゴラなどの社会主義系の旗にはマチェーテや斧などの工具が描かれますが、モザンビークだけがAK-47突撃銃を明確に描いています。
近代兵器(突撃銃)を、国旗の主要シンボルとして描いた、世界で唯一の事例。これがモザンビーク国旗の革新性です。
「FRELIMOの伝統」
なぜAK-47なのか。これはFRELIMO(モザンビーク解放戦線)の党旗から継承したものです。FRELIMOは1962年から1975年にかけて、武装闘争でポルトガルの植民地支配と戦いました。党の旗にはAK-47が描かれ、武装抵抗の象徴とされていました。独立後、FRELIMOが与党となり、党旗がそのまま国旗になったのです。
ベナンやアンゴラなどと並ぶ、独立運動の党旗が国旗になったパターンの一つです。
「カラシニコフ」 ── 20世紀の象徴
AK-47(カラシニコフ)は、世界で最も普及した突撃銃です。1947年にソ連のミハイル・カラシニコフが設計し、全世界に約1億丁以上が流通しました。20世紀後半の革命や内戦の象徴であり、アフリカ・中東・アジアの独立運動の標準装備でもありました。
国旗のAK-47は、20世紀後半の世界の暴力と独立の象徴という、極めて重い意味を持つシンボルなのです。
「鍬と本」 ── 農業と教育
国旗には、もう2つの重要なシンボルがあります。
鍬 ── 農民
鍬(Hoe)は、農業の象徴です。モザンビークは農業国家であり、国民の大多数が農民です。マルクス・レーニン主義的には「労働者・農民国家」を表すものと解釈されます。
本 ── 教育
開いた本は、教育の象徴です。識字率の向上や啓蒙を意味し、独立後の国民教育の重要性を表しています。
「武器+鍬+本」 ── 国家建設の3つの柱
武装抵抗(AK-47)、労働(鍬)、教育(本)。これはFRELIMOの建国理念そのものです。武力で独立を勝ち取り、農業で経済を建設し、教育で国民を啓蒙する、という3つの柱です。
1つの旗のなかに、社会主義革命の3つの理念が込められている。これがモザンビーク国旗の本質です。
1983年5月1日 ── 現代版の制定
モザンビーク国旗の制定史を見ていきます。
ポルトガル植民地時代
モザンビークは、1505年から1975年まで、ポルトガルの植民地でした。約470年間という、アフリカで最も長い植民地時代のひとつです。
1962-1975年、独立戦争
1962年、エドゥアルド・モンドラーネの指導のもとでFRELIMOが結成され、武装闘争が始まりました。約13年間に及ぶゲリラ戦のなかで、約1万人のポルトガル兵が戦死し、数万人のモザンビーク人が死亡したとされています。
1974年、ポルトガル革命の余波
1974年4月25日、ポルトガル本国でカーネーション革命が起こりました。左派の軍人がポルトガル政権を打倒し、植民地の解放を宣言します。
1975年6月25日、モザンビーク独立
1975年6月25日、モザンビークは独立しました。初代大統領にはFRELIMO指導者のサモラ・マシェルが就任します。国旗は初代版(緑・黒・黄に三角・星・本・鍬・カラシニコフ)が採用されました。
1983年5月1日、現代版
そして1983年5月1日、現代版が制定されました。デザインの細部が統一され、以後、変更なしで現在まで使われています。
社会主義時代の旗が、民主化(1990年代)後もそのまま継承された、というのがモザンビークの特徴です。
「武器を残すか、消すか」 ── 国旗論争
モザンビーク国旗には、現代の論争があります。
武器削除運動
1990年代から、AK-47の削除を求める声が上がりました。1990年にモザンビークが社会主義から民主主義へ移行したことを背景に、「民主国家の国旗に武器は不適切だ」という意見や、国際社会からの批判が出てきたのです。
2005年、デザイン変更案
2005年には、国会で国旗の変更案が議論されました。AK-47削除の提案でしたが、否決されます。FRELIMOの独立闘争の遺産を守る、という判断でした。
国旗のシンボルそのものが、現代政治の対立点になっている。これがモザンビークです。諸説あり、評価は政治的立場により異なります。「現代の国旗にAK-47は不適切」とする立場と、「独立闘争の歴史を消すべきではない」とする立場の二分論です。
モザンビークという国
モザンビークの基本情報です。
- 正式名:モザンビーク共和国(República de Moçambique)
- 首都:マプト(Maputo)
- 面積:約80.1万km²
- 人口:約3,300万人
- 公用語:ポルトガル語
- 宗教:キリスト教(約56%)、イスラム教(約18%)、伝統宗教
「インド洋に面する細長い国」
モザンビークは、南北約2,500kmに対して東西は狭い、細長い国です。インド洋に面した東海岸を持ち、モザンビーク海峡を挟んでマダガスカルの対岸に位置します。
「ポルトガル語圏」
モザンビークは、ポルトガル語圏の重要なメンバーです。ブラジル・アンゴラ・ポルトガル・カーボベルデ・ギニアビサウ・サントメ・プリンシペ・東ティモール・マカオと並び、ポルトガル語諸国共同体(CPLP)に加盟しています。アフリカではアンゴラに次ぐ第2位のポルトガル語人口を持ちます。
「内戦の傷跡」
モザンビークは、独立後も苦難が続きました。1977年から1992年まで、モザンビーク内戦が起こります。FRELIMO(社会主義)と、南アフリカ・ローデシアが支援する反共産勢力RENAMOとの戦いでした。約100万人が死亡し、数百万人が難民・国内避難民となった、20世紀後半のアフリカで最も悲惨な内戦のひとつです。
国旗のAK-47は、独立闘争だけでなく、内戦の記憶でもある、というのが現代モザンビークです。
「世界最貧国のひとつ」
モザンビークは、現代も貧しい国です。人間開発指数は世界下位で、国民1人当たりGDPは約500ドルにとどまります。しかし、天然ガスの発見により、将来の経済成長が期待されています。
ちなみに:モザンビーク国旗を変えるべきか?
モザンビーク国旗は、世界の国旗マニアの議論の中心にあります。
「変えるべき派」
変えるべきだとする立場は、武器を国旗から消すべきだ、現代の平和的な国家像と合わない、観光や国際イメージにマイナスだ、と主張します。
「変えるべきでない派」
変えるべきでないとする立場は、独立闘争の歴史を消すべきではない、FRELIMOの建国理念は今も重要だ、国民が慣れ親しんだ旗だ、と主張します。
ニュージーランド(変更否決)やマラウイ(変更後に元へ戻す)と並ぶ、現代の国旗論争の代表例、というのがモザンビークです。
まとめ:AK-47と、独立闘争の遺産
今回のモザンビーク国旗のまとめです。
- 緑・黒・黄の横三色(白い細縁取り)+左の赤い三角形+AK-47+鍬+本+黄星
- 1983年5月1日、現代版を正式制定
- 1975年6月25日、ポルトガルから独立時に初代版採用
- FRELIMO(モザンビーク解放戦線)の党旗をベースに
- 緑=土地の豊かさ、黒=アフリカ大陸、黄=鉱物資源、赤=独立の血、白=平和
- AK-47=武装抵抗、鍬=農業・農民、本=教育、星=国際連帯
- 世界で唯一、近代兵器(突撃銃)を主要シンボルとした国旗
- 1962-1975年、FRELIMOがポルトガル植民地に対する武装闘争(約13年)
- 初代大統領サモラ・マシェル(FRELIMO指導者、1986年航空機事故死)
- 1990年代から武器削除運動、2005年国会で削除案否決
- 1977-1992年モザンビーク内戦、約100万人死亡
- ポルトガル語圏、アフリカで第2位のポルトガル語人口
- 1505-1975年ポルトガル植民地(約470年、アフリカで最も長い)
- 「現代の国旗論争の代表」(変更否決の立場)
AK-47と本と鍬、20世紀後半の革命のすべて。モザンビークの国旗は、独立闘争の血の歴史を率直に描く、世界で唯一の旗です。