赤・青・黄・緑の4本の横帯。モーリシャスの国旗は、インド洋のマスカリン諸島の島国の旗です。「Les Quatre Bandes(4つの帯)」と呼ばれる、世界で唯一の4色横帯デザイン。そして1968年の独立時に、国民の分断を超えて団結を呼びかけた、和解の旗でもあります。今回はそんなモーリシャス国旗の話です。
まずは構成のおさらい
モーリシャス国旗の構成は、次のとおりです。
- 横4本の帯(上から):赤・青・黄・緑
- 比率:2:3
- すべての帯が均等の幅
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:自由と独立のための闘争
- 青:インド洋。モーリシャスを取り囲む海
- 黄:自由の光。島に輝く太陽
- 緑:農業。1年を通じて緑のモーリシャス
4色の横帯のみという、極めてシンプルな構成。世界の国旗のなかでもユニークなデザインです。
「世界で唯一の4色横帯」
モーリシャス国旗には、世界的な特徴があります。
「Les Quatre Bandes」 ── 4つの帯
Les Quatre Bandesとは、フランス語で「4つの帯」を意味します。これがモーリシャス国旗の愛称であり、シンプルかつ覚えやすいデザインとして親しまれています。
世界の4色横帯国旗
世界を見渡しても、純粋な4色横帯の国旗はモーリシャスだけです。中央アフリカ共和国は4色横帯に縦の赤線が加わるため実質的に5色、シエラレオネは緑白青の3色です。これに対してモーリシャスは、純粋な4色横帯となっています。
モーリシャスだけが純粋な4色横帯。これは世界の国旗フォーマットのなかで唯一のものです。
「ダッチ・トリコロールの拡張?」
4色のうち、青・赤・白(黄ではありませんが)はオランダ三色旗(赤白青)を連想させます。モーリシャスは1638年から1710年までオランダ領、1715年から1810年までフランス領(イル・ド・フランス)、1810年から1968年までイギリス領であり、複数の宗主国の遺産を受け継いでいるのです。
1つの国に3つの宗主国の遺産、そしてそれを超える独自の4色。それがモーリシャスのデザイン思想です。
グルドゥット・モヘール ── 隠れたデザイナー
モーリシャス国旗をデザインしたのは、グルドゥット・モヘール(Gurudutt Moher、1924-1973)です。
「忘れられたデザイナー」
モヘールは、モーリシャスの公務員だったとされます(諸説あり)。1968年の独立時に国旗をデザインしましたが、長年その貢献は公式に認められず、「消えたデザイナー」となっていました。
2018年3月、死後の表彰
そして2018年3月、独立50周年に際して死後表彰が行われます。モーリシャス政府が公式にモヘールをデザイナーとして認定し、45年を経てようやく名誉が回復されました。
パプアニューギニアのスーザン・カリケ、バルバドスのグラントリー・プレスコッドと並ぶ、長く忘れられた国旗デザイナー。それがモヘールです。特に女性・先住民・無名の人々の貢献は、世界の国旗史でよく見られるパターンです。
1968年3月12日 ── 独立
ここからは、モーリシャス国旗の制定史を見ていきます。
植民地時代
モーリシャスは、複数の宗主国を経験してきました。かつては無人島の時代があり(アラブ商人には知られていました)、1505年にポルトガル人が発見します。その後、1638年から1710年まではオランダ領となり、オランダ総督マウリッツ(マウリッツ・ファン・ナッサウ)にちなんで命名されました。1715年から1810年まではフランス領(イル・ド・フランス)、1810年から1968年まではイギリス領(モーリシャス)でした。
1968年3月12日、独立
そして1968年3月12日、モーリシャスがイギリスから独立します。新国旗が初めて掲揚され、「Les Quatre Bandes(4つの帯)」として国民に親しまれていきました。
1965年・1968年の民族暴動
しかし、独立直前のモーリシャスは民族対立で不安定でした。1965年にはインド系とクレオール(アフリカ系)の暴動が起こり、1968年1月の独立直前の暴動では約25人が死亡しています。多民族の融合は困難だったのです。
そこで、国旗の4色は国民の団結を意図したものになりました。赤・青・黄・緑で多民族の調和を表し、特定の民族のシンボルを使わない、中立的なデザインとしたのです。
ボスニア・ヘルツェゴビナやナミビアと並ぶ、民族対立を超える中立的国旗。それがモーリシャスの哲学です。
モーリシャスという国
モーリシャスの基本情報です。
- 正式名:モーリシャス共和国(Republic of Mauritius)
- 首都:ポートルイス(Port Louis)
- 面積:約2,040km²(東京都とほぼ同じ)
- 人口:約130万人
- 公用語:英語
- 準公用語:フランス語・モーリシャス・クレオール語
- 宗教:ヒンドゥー教(約48%)、キリスト教(約32%)、イスラム教(約17%)
「インド洋の楽園」
モーリシャスは、世界的に有名なリゾート地です。「インド洋の真珠」と呼ばれ、白い砂浜と透明な海、そしてコーラル・リーフ(サンゴ礁)に囲まれています。観光業はGDPの約20%を占めます。
「マーク・トウェイン」の評価
作家マーク・トウェインは、1896年にモーリシャスを訪れ、次の言葉を残しました。
「神はモーリシャスを最初に作り、その後それを真似て天国を作った」
国旗の青はインド洋、緑は楽園。そんなシンボルの裏付けとも言える評価です。
「世界で最も民族多様性のある国のひとつ」
モーリシャスは、極めて複雑な民族構成を持っています。インド系が約68%(ヒンドゥー教徒とイスラム教徒)、クレオール(アフリカ系)が約27%、シノ・モーリシャン(中国系)が約3%、フランコ・モーリシャン(フランス系)が約2%です。
インド・アフリカ・中国・フランスの4文化が1つの島に。それがモーリシャスの特徴です。国旗の4色を4つの文化共同体に重ねる解釈もあります(非公式)。
「ドードー鳥」 ── 絶滅の象徴
モーリシャスには、世界的に悲しい伝説があります。ドードー鳥です。モーリシャスの固有種でしたが、17世紀にオランダ人が島に到達した後、急速に絶滅し、1681年頃に最後の目撃がありました。「人間の活動で絶滅した最初の有名な動物」とされ、モーリシャス国章にもドードーが描かれています。
国旗の緑は1年中緑であることを表しますが、その島でドードー鳥は消えていった。自然と人間の関係を物語る象徴です。
「サトウキビ大国」
モーリシャスの経済は、伝統的にサトウキビに支えられてきました。国土の約30%がサトウキビ畑で、17世紀から20世紀にかけてサトウキビプランテーションが営まれました。その背景には、アフリカやインドから労働者を強制連行・年季奉公で連れて来た歴史があります。
国旗の緑はサトウキビの大地でもありますが、それは奴隷・年季奉公の歴史でもある。そんな深い意味を持っています。
ちなみに:チャゴス諸島問題
モーリシャスは、21世紀の領土問題を抱えています。
「チャゴス諸島」
チャゴス諸島は、インド洋の小さな諸島群です。モーリシャスから約2,000km離れた場所にあり、歴史的にはモーリシャスの一部でした。1965年、イギリスがモーリシャス独立直前にこれを分離し、ディエゴガルシアに米軍基地を建設します。その際、約2,000人の島民が強制退去させられました。
2019年、国際司法裁判所
2019年、国際司法裁判所が判決を下します。「チャゴス諸島はモーリシャス領であり、イギリスは返還すべき」というものでした。その後、2024年10月にイギリスがチャゴス諸島の主権をモーリシャスへ移譲することで政治合意し、2025年5月22日には両国が移譲条約に正式署名します。ただし2026年5月時点でも、英議会での批准手続きは継続中です。アメリカのトランプ政権が反対を表明し、ディエゴガルシア米軍基地の扱いをめぐって批准が遅れています。
国旗の赤は独立の闘争を表しますが、チャゴス諸島の完全な主権回復はなお進行中。それがモーリシャスの最新の歴史です。
まとめ:4色の融合、インド洋の楽園
今回のモーリシャス国旗のまとめです。
- 赤・青・黄・緑の横四色(2:3)
- 1968年3月12日、独立と同時に正式採択
- 設計者はグルドゥット・モヘール(公務員、2018年に死後表彰)
- 「Les Quatre Bandes(4つの帯)」の愛称
- 赤は独立闘争、青はインド洋、黄は自由の光、緑は1年中緑の農業
- 世界で唯一の4色純粋横帯国旗
- 1638-1710年オランダ領(「マウリッツ」から命名)、1715-1810年フランス領、1810-1968年イギリス領
- 1965年・1968年に民族暴動があり、独立直前は不安定
- 国旗の4色は民族対立を超える「団結」のシンボル
- 民族構成はインド系68%・クレオール27%・中国系3%・フランス系2%
- 「インド洋の真珠」。マーク・トウェインが「神が天国の前に作った場所」と評価
- ドードー鳥(1681年頃絶滅)はモーリシャスの固有種で、国章に描かれる
- 17-20世紀にサトウキビプランテーション、奴隷・年季奉公の歴史
- チャゴス諸島問題:2019年国際司法裁判所判決、2024年10月に主権移譲の政治合意、2025年5月条約署名、批准は2026年時点でも継続中
インド洋の4色の楽園、多民族の調和。モーリシャスの国旗は、世界で唯一の4色横帯で、4つの文化共同体の団結と独立を表現した1枚です。