カリブ海のフランス海外県、マルティニーク。この島の旗は、驚くほど複雑な歴史を持っています。かつての「蛇の旗」、2019年に作られて2年半で無効になった「イプセイテ旗」、そして2023年についに公式採択された、赤・緑・黒の旗。1つの島に、いくつもの旗の物語があります。今回はそんなマルティニーク旗の話。


まずは整理:マルティニークの旗事情

マルティニークの旗は、複数あってややこしいのが特徴です。

公式の国家旗

フランスの一部として、公式の国家旗はフランス国旗(青・白・赤の縦三色)です。

2023年採択の地域旗

2023年に採択された地域旗が、赤・緑・黒の旗(rouge-vert-noir)です。旗竿側に赤い三角形を置き、横2本の帯は上が緑、下が黒。汎アフリカ色(パンアフリカン・カラー)でまとめられています。

かつての非公式旗

かつての非公式旗としては、古い植民地時代の「蛇の旗」と、2019年に作られて無効になった「イプセイテ旗」があります。

1つの島に、これだけの旗の歴史がある。世界でも珍しく複雑な旗事情です。


「蛇の旗」 ── 植民地時代の論争的な旗

まずは、マルティニークの最も古く、最も論争的な旗から見ていきます。

4匹のL字の蛇

蛇の旗は、青地に白い十字を描き、4つの区画それぞれに白いL字型の蛇を配したデザインです。この蛇はマルティニークハブ(Bothrops lanceolatus)で、島固有の毒蛇です。L字は、かつてマルティニークを統治したセントルシアの「L」を表すといわれます。

1766年の勅令

起源は1766年8月4日の勅令にあります。マルティニークとセントルシアのフランス植民地船が掲げた旗で、当時のフランス海軍旗(青地に白十字)の一種でした。

奴隷貿易との関係 ── 論争

しかし、この旗は論争的なものでもあります。これらの船は大西洋奴隷貿易に関わっていたとされ、地元では使用が強く敬遠される旗です。2018年から2019年にかけては、地域圏のロゴから蛇の旗が外される動きもありました。

美しいデザインでありながら、奴隷貿易の歴史を背負う旗。重い背景を持ち、評価は政治的立場で分かれます(諸説あり)。


2019年「イプセイテ旗」 ── 2年半で無効に

次は、マルティニークの短命だった公式旗の試みです。

2019年5月10日、公募で選定

2019年5月10日、新しい旗と歌が発表されました。旗の名は「イプセイテ(Ipséité、=自己同一性)」。当時のマルティニーク執行評議会議長アルフレッド・マリー=ジャンヌが選定しました。デザインは、中央にランビ(Lambi、ピンクガイ=大きな巻貝)を置き、34個のアメリンディアンの星が34のコミューン(市町村)を、8つの区分が植民地化以来話されてきた言語を表すものでした。色は、青がカリブ海と大西洋を、緑が自然と緑の風景を意味します。

2年半後、行政裁判所が無効化

しかし約2年半後、この旗は無効になります。地元の行政裁判所が旗と歌を無効化したのです。理由は、選定方法が評議会の権限を超えていたというものでした。

せっかく作った公式旗が、手続きの問題で無効に。ほろ苦い結末でした。


2023年「赤・緑・黒」 ── ついに公式旗に

そして、マルティニークの現在の公式旗です。

1968年、独立運動家のデザイン

赤・緑・黒の旗(rouge-vert-noir)は、1968年にギー・カボール=マッソンとアレックス・フェルディナンがデザインしました。1971年にひそかにマルティニークへ持ち込まれ、長年にわたってマルティニーク独立運動のシンボルとなってきた旗です。

汎アフリカ色

色とシンボルには、それぞれ意味があります。赤い三角形は解放と抵抗のために流された血を、緑は豊かな植生とアフリカの遺産を、黒は人々の祖先とその労働を表します。これらは汎アフリカ色と呼ばれ、ガーナなどアフリカ諸国と同じ色の系統です。

2023年2月2日、公式採択

そして2023年2月2日、ついに公式採択されました。これはマルティニーク初の独自の公式旗です。それまで、2023年までマルティニークには独自の公式旗がありませんでした。スポーツや文化、政治の場で長年使われてきた旗が、ついに公式のものになったのです。

独立運動の非公式旗が、半世紀を経て島の公式旗に。感慨深い物語です。


マルティニークという領土

マルティニークの基本情報です。

  • 正式名:マルティニーク(Martinique)
  • 首都:フォール=ド=フランス(Fort-de-France)
  • 面積:約1,128km²
  • 人口:約36万人
  • 公用語:フランス語(マルティニーク・クレオール語も)
  • 法的地位:フランスの海外県・海外地域圏

「カリブ海のフランス」

マルティニークは、カリブ海の小アンティル諸島にあります。グアドループと並ぶカリブ海のフランス海外県で、EU・フランスの一部でありながらカリブ海にある島です。

「プレー山の大噴火」

マルティニークには、悲劇的な歴史もあります。プレー山(Montagne Pelée)の大噴火です。1902年、この山が大噴火を起こし、当時の首都サン=ピエールが壊滅、約3万人が死亡しました。20世紀最悪級の火山災害です。生存者は牢獄にいた囚人など、ごくわずかでした。

「ジョゼフィーヌの故郷」

マルティニークは、ナポレオンの妻ジョゼフィーヌの出身地でもあります。ナポレオン・ボナパルトの皇后となった、マルティニーク生まれの女性です。

「エメ・セゼールの島」

マルティニークは、ネグリチュード運動の中心地でもあります。詩人・政治家のエメ・セゼール(Aimé Césaire)が、黒人の文化的アイデンティティを称えるこの思想運動を担いました。彼はフォール=ド=フランス市長を長く務めた人物です。


まとめ:蛇から赤緑黒へ、旗をめぐる長い物語

今回のマルティニーク旗まとめ。

  • 公式の国家旗はフランス三色旗
  • 2023年2月2日、赤・緑・黒の旗(rouge-vert-noir)を地域旗として公式採択(マルティニーク初の独自公式旗)
  • 赤・緑・黒は1968年、ギー・カボール=マッソンとアレックス・フェルディナンがデザイン、1971年に持ち込み
  • 赤=解放の血、緑=植生とアフリカの遺産、黒=祖先と労働(汎アフリカ色)
  • 長年、独立運動のシンボルだった旗が半世紀を経て公式に
  • かつての「蛇の旗」:青地に白十字+4匹のL字型の蛇(マルティニークハブ)
  • 蛇の旗は1766年の勅令が起源、L字はセントルシアの「L」
  • 蛇の旗は大西洋奴隷貿易との関係で論争的(諸説あり)
  • 2019年「イプセイテ旗」:ランビ(巻貝)+34の星(34コミューン)+8区分(言語)、2年半後に行政裁判所が無効化
  • カリブ海・小アンティル諸島のフランス海外県
  • 1902年プレー山の大噴火、サン=ピエール壊滅、約3万人死亡
  • ナポレオンの皇后ジョゼフィーヌの故郷、詩人エメ・セゼール(ネグリチュード運動)の島
  • 面積約1,128km²、人口約36万人、首都フォール=ド=フランス

蛇の旗から、赤・緑・黒へ。マルティニークの旗は、植民地の歴史と独立への思いが交錯した、世界でも稀に複雑な旗の物語を持つ1枚です。