旗竿側に白、フライ側に赤の縦二色。左上には、赤い縁取りのジョージ・クロスが描かれています。これは、イギリス国王ジョージ6世が、第二次世界大戦中の勇気を讃えてマルタ国民に授与した、最高の勲章です。マルタの国旗は、地中海の小さな島国の旗です。国が丸ごと勲章を受けた、史上唯一の例。世界の国旗のなかでも、最も英雄的な物語を持つ1枚です。今回はそんなマルタ国旗の話です。


まずは構成のおさらい

マルタ国旗の構成は、次のとおりです。

  • 縦2本の帯(左から):白・赤
  • 左上のカントン(白い領域内):ジョージ・クロス(銀色の十字勲章、赤い縁取り)

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :聖ヨハネ騎士団の伝統色であり、純粋さ、平和を表します
  • :聖ヨハネ騎士団の伝統色であり、戦士の血、勇気を表します
  • ジョージ・クロス:1942年、英国王ジョージ6世がマルタ国民に集合的に授与しました

騎士団の伝統と、第二次大戦の英雄勲章。世界の国旗のなかでも唯一無二の組み合わせです。


ジョージ・クロス ── 国全体への勲章

マルタ国旗の最大の特徴が、ジョージ・クロスです。

「George Cross」とは

ジョージ・クロス(GC、George Cross)は、イギリスの民間人向けの最高勲章です。1940年9月24日、ジョージ6世が制定しました。「ヴィクトリア十字章(VC)」の民間人版にあたり、戦闘員以外の英雄的行為に授与されます。「For Gallantry(勇気のために)」の銘文が刻まれています。

1942年4月15日、マルタに授与

1942年4月15日、ジョージ6世国王がマルタ国民にジョージ・クロスを授与しました。その言葉は、次のようなものでした。「勇敢なマルタ国民への、私の称賛と尊敬を示すため、ジョージ・クロスを授与する。歴史上、英雄的行為で長く知られる勲章を、マルタ全島に授ける」。

国全体に、1枚のジョージ・クロス。これは史上唯一の事例です。

なぜマルタが?

その背景にあるのが、第二次世界大戦中のマルタの戦い(Siege of Malta、1940-1942)です。マルタは地中海の戦略要地でした。イタリアとナチス・ドイツの空軍が約2年半にわたって激しい空爆を加え、島は灰燼に帰すも降伏しませんでした。約1,500人の市民が空爆で死亡し、食糧不足や住居の壊滅にも見舞われます。

約30万人の島民が、ヨーロッパ最強の軍事大国2国の空爆に耐え抜いた。これがジョージ・クロス授与の理由です。

国旗の白い領域はマルタの平和と純粋さを表し、その中のジョージ・クロスは戦争の苦難を耐えた勇気を表す。そんなシンボルです。


1964年9月21日 ── 独立と現代版国旗

ここからは、マルタ国旗の制定史を見ていきます。

1943-1964年、イギリス植民地時代

1942年のジョージ・クロス授与を受け、マルタの旗にもジョージ・クロスが加えられました。1943年、植民地旗にジョージ・クロスが追加されます。当時のデザインは、白の領域に青いカントンを置き、その中にジョージ・クロスを配したものでした。

1964年9月21日、独立

そして1964年9月21日、マルタがイギリスから独立します。新国旗が採択され、青いカントンは削除されました。完全な独立国家として、という意味です。代わりに、ジョージ・クロスに赤い縁取りが施され、白い領域に直接配置されました。

植民地時代の青を捨て、独立後はジョージ・クロスのみ。これが1964年の重要な変更です。

ジョージ・クロスは「英国の勲章」ですが、マルタ国民に授与されたものだからこそ、独立後も国旗に残されました。それがマルタの誇りです。


「白と赤」 ── 騎士団の遺産

マルタ国旗の白と赤には、起源をめぐる話があります。

諸説あり

伝説では、1091年、シチリアのロジェ1世(Roger I)がマルタを征服した際、自分の旗の半分を授けたとされます。「赤と白の旗の半分」を与えた、というシチリア起源の伝説です。

しかし現代の歴史家は、これは19世紀以降の創作だと考えています(諸説あり)。

より確かな起源:聖ヨハネ騎士団

実際の起源は、聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団、Knights Hospitaller)にあります。1530年から1798年までマルタを統治した騎士団で、その旗は赤地に白い十字(マルタ十字)でした。こうして「赤と白」が、マルタの伝統色として定着していきます。

「マルタ十字」

マルタ十字は、8つの先端を持つ十字です。聖ヨハネ騎士団のシンボルであり、「騎士の8つの徳」(信仰・慈悲・誠実・正義・忍耐・勇気・節制・謙虚)を表します。現代もマルタ騎士団の旗や、マルタ航空のロゴなどに使われています。

国旗が掲げるのは、白十字ではなくジョージ・クロスです。これが現代マルタの選択でした。騎士団の歴史的シンボルではなく、20世紀の英雄性を選んだわけです。


マルタという国

マルタの基本情報です。

  • 正式名:マルタ共和国(Repubblika ta' Malta)
  • 首都:バレッタ(Valletta)
  • 面積:約316km²(ナウル・モナコ・バチカン・ツバルに次ぐ、世界で5番目に小さい国)
  • 人口:約53万人
  • 公用語:マルタ語、英語
  • 宗教:ローマ・カトリック(約88%)

「最小のEU加盟国」

マルタは、EU加盟国のなかで最小です。2004年にEUに加盟し、2008年にユーロを導入しました。面積・人口ともにEU最小です。

「マルタ語」 ── 唯一のヨーロッパのセム語

マルタには、世界的に興味深い言語があります。マルタ語(Malti)です。セム語族に属する唯一のヨーロッパ言語で、アラビア語(シチリア・アラビア語の子孫)から派生しました。ラテン文字で表記されるのは、セム語のなかで世界唯一です。語彙の約50%がアラビア語起源、約30%がシチリア語・イタリア語起源、約20%が英語起源とされます。

ヨーロッパの中の、アラビア語の子孫。これは、世界の言語学のなかでも極めて珍しい例です。

「2つの世界遺産都市」

マルタには、ユネスコ世界遺産があります。首都バレッタは、16世紀の聖ヨハネ騎士団の都市です。ハル・サフリエニは、紀元前4000〜2500年の先史時代の地下神殿です。マルタの巨石神殿群は、ピラミッドより古い、世界最古級の建築物のひとつです。

国旗のジョージ・クロスは20世紀の英雄性を表しますが、国土には5000年以上の歴史があります。そんなコントラストがあります。

「映画とドラマのロケ地」

マルタは、世界的な撮影地でもあります。『ゲーム・オブ・スローンズ』のキングズランディング、『グラディエーター』の古代ローマのほか、『ミュンヘン』『トロイ』『アサシン・クリード』などの舞台になりました。

国旗の白は石灰岩の街を、赤は地中海の夕日を思わせます。このイメージが、映画製作者にとって魅力的なのでしょう。


ちなみに:「マルタ十字」と他のクロス

マルタの十字は、世界へと広がりました。

「マルタ十字」の影響

マルタ十字の影響は、さまざまな場所に見られます。ナチス・ドイツの鉄十字章はマルタ十字を変形したものですし、ニュージーランドやオーストラリアの消防局のシンボルにも使われています。航空業界ではパイロットの徽章に用いられ、救急医療のライフ・スター(6本の先端)もマルタ十字の変形です。

8世紀以上も前の騎士団の十字が、現代世界のさまざまなシンボルになっている。それがマルタ十字の影響力です。


まとめ:島全体が勲章を受けた、世界唯一の旗

今回のマルタ国旗のまとめです。

  • 白(左)と赤(右)の縦二色に、左上の白い領域にジョージ・クロス(赤い縁取り)
  • 1964年9月21日、独立と同時に正式採択
  • 1943-1964年は青いカントン+ジョージ・クロスのデザイン
  • ジョージ・クロスは1942年4月15日、ジョージ6世国王がマルタ国民に集合的に授与
  • 国全体がジョージ・クロスを受けた史上唯一の例
  • 1940-1942年のマルタの戦い、約2年半のイタリア・ドイツ空爆を耐え抜いた
  • 約1,500人の市民が空爆で死亡、しかし降伏せず
  • 白と赤は聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団、1530-1798年統治)の伝統色
  • 1091年シチリアのロジェ1世起源説(19世紀の創作、諸説あり)
  • マルタ十字は8つの先端を持つ、騎士の8つの徳の象徴
  • マルタは世界で5番目に小さい国(316km²)、EU最小
  • 2004年EU加盟、2008年ユーロ導入
  • マルタ語は唯一のセム語族ヨーロッパ言語(アラビア語起源、ラテン文字表記)
  • バレッタは16世紀の聖ヨハネ騎士団都市、ユネスコ世界遺産
  • マルタ巨石神殿群は紀元前4000-2500年、世界最古級の建築物のひとつ
  • ゲーム・オブ・スローンズなど多数の映画・ドラマの撮影地

島全体が勲章を受けた、世界で唯一の国。マルタの国旗は、第二次大戦の集合的な英雄性と、聖ヨハネ騎士団の伝統を、白と赤の縦二色とジョージ・クロスに込めた1枚です。