赤地の中央に緑の長方形、その中に白い三日月。モルディブの国旗は、インド洋のサンゴ礁が作る、世界最低標高の国家の旗です。1,200以上の島々を持ちながら、国土の平均標高は約1.5m。気候変動で21世紀末には水没すると予測される、地球温暖化問題の象徴でもあります。今回はそんなモルディブ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
モルディブ国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:赤
- 中央:緑の長方形
- 緑の長方形の中央:白い三日月(開口部が旗竿側を向く)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:独立のために命を捧げた英雄の血
- 緑:平和と繁栄、ヤシの木
- 白い三日月:イスラム教(モルディブの国教)
赤地のイスラム旗の中央に、緑の枠と月を置いた、世界の国旗のなかで珍しい「枠付きデザイン」です。
1965年7月25日 ── 独立直前の制定
モルディブ国旗の制定史を見ていきます。
古いモルディブ旗
モルディブ国旗は、段階的に進化してきました。最古版は単色赤の旗で、モルディブ・スルタン国の旗として世紀単位の伝統がありました。1926年、スルタン・アブドゥル・マジード・ディディが白い三日月を追加します。さらに1940年、スルタン・ムハンマド・シャムスディーン3世が、他のイスラム国旗との差別化のために緑の長方形を追加しました。
1965年、独立準備
1965年7月25日、イギリスからの独立直前に、現代版の国旗が正式に採択されました。植民地時代の黒と白の縞模様の旗竿側を削除し、シンプルな赤地に緑の長方形と白い三日月を配したデザインです。
1965年7月26日、独立
1965年7月26日、モルディブはイギリスから独立しました。正式名はモルディブ・スルタン国で、国旗は変更なくそのまま継承されました。
1968年、共和制移行
1968年11月11日、共和制へ移行し、モルディブ共和国となりました。800年続いたスルタン制を廃止しましたが、国旗は引き続き同じものが使われました。
スルタン制から共和制へと政体が変わっても国旗は変わらない、というのは、多くの国に共通するパターンです。
緑の長方形 ── 月星旗との差別化
モルディブ国旗には、ユニークな特徴があります。
「赤地に緑長方形」
世界のイスラム国旗は、多くが「単色+月星」です。トルコは赤地に白い月星、チュニジアは赤地に白い円と赤い月星、アルジェリアは白と緑に赤い月星といった具合です。これに対してモルディブは、赤地に緑の長方形と白い三日月という構成になっています。
赤地に緑のフレームという構成は、モルディブ独自のものです。1940年に、他のイスラム国旗との混同を避けるため緑が追加された経緯があります。
「月だけで星なし」
さらに、モルディブの三日月には「星」がありません。トルコ・パキスタン・マレーシアなど、ほとんどのイスラム国旗は月と星の組み合わせですが、モルディブは月のみです。
月の中に星がない、独特な月の旗、というのがモルディブの特徴です。
モルディブという国 ── 沈みゆく楽園
モルディブの基本情報です。
- 正式名:モルディブ共和国(Republic of Maldives)
- 首都:マレ(Malé)
- 面積:陸地約298km²、海域約9万km²
- 人口:約52万人
- 公用語:ディベヒ語(インド・アーリア語派)
- 宗教:イスラム教(約100%、スンナ派)。国民全員が法律上ムスリム
「1,200以上の島々」
モルディブは、サンゴ礁の島嶼国です。約1,200の島々のうち、有人島は約200。26の環礁(アトール)からなり、南北約820km、東西約120kmに広がります。世界で最も分散した国家のひとつです。
「世界最低標高」
モルディブが抱える最も深刻な問題が、標高の低さです。国土の平均標高は約1.5mと世界一低く、最高地点でも約2.4m(アディトゥ環礁の砂丘)にすぎません。地球上で最も平らな国とも言われます。
「21世紀末に水没」
そこに迫るのが、気候変動による海面上昇です。IPCCは、21世紀末に1m前後の海面上昇を予測しており、モルディブの大部分は水没する可能性があります。気候難民の最前線とされています。
「サンゴ礁の楽園」
しかし現在、モルディブは観光業で繁栄しています。約200のリゾート島では、1島1リゾートという独特なスタイルがとられています。観光客は年間約170万人と人口の3倍以上に達し、GDPの約30%を観光業が占めます。ハネムーンの聖地とも呼ばれます。
「気候変動対策の最前線」
モルディブは、気候変動対策の国際的なリーダーでもあります。2009年には、ムハンマド・ナシード大統領が、海面上昇への警告のため、政府の閣議を海中で開催しました。マスクと潜水服を着けて書類にサインする姿は、世界中のメディアが報道し、「沈みゆく国家の悲鳴」として注目を集めました。
国旗の赤は英雄の血を表しますが、将来の英雄は気候変動と戦う人々だ、というのが現代モルディブです。
「ディベヒ語と日本語」
モルディブには、意外な言語的特徴があります。公用語のディベヒ語(Dhivehi)はインド・アーリア語派に属し、スリランカのシンハラ語に近い言語です。アラビア数字を変形した独自のターナ文字(Thaana)を持ち、約30万人が話します。
世界の中でも珍しい、独自の文字を持つ言語、というのがディベヒ語の特徴です。
ちなみに:「観光地モルディブ」と「ローカル・モルディブ」
モルディブには、興味深い二重構造があります。
「1島1リゾート」 vs ローカル島
観光リゾート島は外国人観光客のみが滞在し、アルコールが解禁され、ビキニも認められています。一方、モルディブ国民が住むローカル島では、厳格なイスラム法のもとアルコールが禁止され、女性はヒジャブを着用します。両者は空間的に分離されており、観光客は基本的にローカル島には行きません。
国旗の白い三日月は厳格なイスラムを表しますが、観光地ではアルコールが解禁されている、という極めて独特な国家システムです。
「世界で唯一、ムスリム以外は市民権を取れない国」
モルディブは、極めて厳格なイスラム国家です。2008年憲法では、ムスリムのみがモルディブ国民になれると定められ、改宗は禁止、他宗教の公的な礼拝も禁止されています。
国旗の緑はイスラムを、白い三日月もイスラムを表し、一切の他宗教を許さない、というのがモルディブの現実です。諸説あり、評価は文化的・宗教的立場により異なります。
まとめ:海に消えゆく楽園、赤と緑の旗
今回のモルディブ国旗のまとめです。
- 赤地の中央に緑の長方形+その中に白い三日月(開口部が旗竿側)
- 1965年7月25日、独立直前に現代版を採択
- 1965年7月26日、イギリスから独立
- 1968年共和制移行後も国旗は変更なし
- 旧版:単色赤→1926年に白い三日月追加→1940年に緑の長方形追加(他のイスラム国旗との差別化)
- 赤=独立英雄の血、緑=平和・繁栄・ヤシの木、白い三日月=イスラム教
- 三日月のみで星なし(他のイスラム国旗とは異なる)
- 約1,200の島々と26の環礁、有人島約200
- 国土の平均標高約1.5m、最高地点約2.4m、世界最低標高の国
- 気候変動による海面上昇で、21世紀末に水没予測
- 2009年、ムハンマド・ナシード大統領が海中閣議を開催(気候変動への警告)
- 観光業がGDPの約30%、年間約170万人の観光客
- 「1島1リゾート」スタイル、観光リゾート島とローカル島は空間的に分離
- ディベヒ語、独自のターナ文字
- 2008年憲法でムスリムのみが国民になれる、極めて厳格なイスラム国家
海に消えゆく楽園、しかし1,000年以上の独立国家。モルディブの国旗は、赤と緑とイスラムの伝統を、気候変動と戦う21世紀の国家に重ねた1枚です。