赤・白・黒の横三色に、緑のアラビア書道で「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」。イラクの国旗は、見るたびに「ああ、イラクだ」とわかる強い個性を持っています。でもこの旗、1991年から2008年までは、サダム・フセイン本人の直筆が文字として使われていたって、知っていましたか。今回はそんなイラク国旗の話です。


まずは構成のおさらい

現在のイラク国旗は、上から赤・白・黒の横三色(トライバンド)です。白い帯の中央には、緑色で「الله أكبر(アッラーフ・アクバル=神は偉大なり、タクビールとも呼ぶ)」と書かれています。

色の意味は、汎アラブの伝統に沿って、赤が勇気や独立のために流された血、白が寛容や未来への希望、黒が抑圧や過去の苦難(またはアッバース朝の黒旗)を表しています。

この組み合わせは1916年アラブ反乱の旗、そして1952年エジプト革命のアラブ解放旗の流れを汲んだものです。同じ系統の旗はエジプト・イエメン・シリアなどにもあります。


1963年、3つの緑の星と一緒にスタート

イラクの現行系の旗が始まったのは、1963年7月31日です。

1958年の革命で王制が倒れた後、イラクは何度かの政変を経て、1963年のラマダン革命でバアス党系の新政権が成立しました。その政権下で、新しい国旗、すなわち赤・白・黒の三色に白い帯に3つの緑の星を加えたものが定められます。

このとき、3つの緑の五芒星は「将来、イラク・シリア・エジプトの3国が連合する」という、当時の汎アラブ主義的な希望を象徴していました。1950〜60年代の中東は、エジプトのナーセル大統領を中心に「アラブ連合国家」の構想が盛り上がっていた時期で、3つの星はその時代の理想を体現するシンボルだったわけです。

ただ、この連合構想は実現しないまま、1960年代後半以降、形骸化していきました。


1986年、星の意味が「上書き」される

1986年、サダム・フセイン政権下で、3つの星の意味が正式に変更されます。

新しい意味は、バアス党のスローガンである「統一・自由・社会主義」でした。汎アラブ連合の希望から、バアス党のイデオロギーへ。同じ星が、政治状況に応じて意味を上書きされるという、シンボルの中身だけ書き換えられる現象は、国旗あるあるです。


1991年、サダムの直筆「アッラーフ・アクバル」が追加された

イラク国旗の最大の特徴である「アッラーフ・アクバル」の文字が加わったのは、1991年1月13日。湾岸戦争(多国籍軍の砂漠の嵐作戦による空爆開始は1月17日)が始まる4日前でした。

この時期、サダム政権は国際的な孤立のなかで、イスラム的アイデンティティを強調する戦略をとります。世俗的なバアス党の政権でしたが、湾岸戦争を「イスラムの戦い」として描こうとし、国内外のイスラム勢力からの支持を取り付けるため、国旗そのものに宗教的なメッセージを追加することになりました。

そして、その「アッラーフ・アクバル」のアラビア文字は、サダム・フセイン本人の直筆を国旗にそのまま転写したものと公式に発表されました。

これは、客観的に見るとなかなか凄い話です。大統領の直筆が国旗に書かれている国であり、しかも書かれている言葉は宗教的な祈りなのです。国家の最高権力者の手書き文字が、国の象徴に刻まれる。独裁体制ならではの、極めて個人的な刻印が国旗に重なった瞬間でした。

サダム政権末期まで、このサダムの手書きが描かれた旗が、約17年間にわたって使われ続けました。


2008年、ようやく書き直される

2003年のイラク戦争でサダム政権が崩壊した後も、国旗はしばらくそのままでした。

でも、新政権のもとで「独裁者個人の筆跡が国旗にあるのはおかしい」という議論が起こります。一方で「アッラーフ・アクバル」という文言自体は残すべきという意見が大多数だったため、結論は「文字は残すが、書き直す」というものになりました。

そして2008年1月22日、伝統的なクーフィー体(Kufic script)、つまり古典的なアラビア書道の様式で書かれた新しい「アッラーフ・アクバル」に更新されました。同時に3つの緑の星も削除され、現在のシンプルな三色に中央書道のデザインに落ち着きます。

つまりイラク国旗の現在の姿は、1963年から続く赤白黒の三色、1991年から続く「アッラーフ・アクバル」の文字(ただし書体は2008年以降クーフィー体に)、そして2008年以降は星なし、という、3つの時代の積み重ねでできています。


まとめ:1枚の旗に、何度も上書きされた歴史がある

今回のイラク国旗のまとめです。

  • 赤・白・黒の汎アラブ三色(1916年アラブ反乱・1952年エジプト革命の系統)
  • 中央の白い帯に緑のアラビア書道で「アッラーフ・アクバル」
  • 1963年に初採用、当初は3つの緑の星付き(イラク・シリア・エジプト連合の象徴)
  • 1986年、星の意味が「バアス党スローガン(統一・自由・社会主義)」に変更
  • 1991年、湾岸戦争直前にサダム・フセインの直筆書道で「アッラーフ・アクバル」追加
  • 2008年1月22日、サダムの筆跡をクーフィー体に書き直し、3つの星も削除
  • 現在のデザインは2008年から続いている

同じ赤白黒の三色のなかに、政治体制の変化が何度も上書きされてきた。イラク国旗は、シンボルの意味がどう書き換えられていくかを、もっともダイナミックに見せてくれる旗のひとつです。