白地に5つの赤い十字。ジョージア(旧称グルジア)の国旗です。まるで中世の十字軍の旗のような印象を受けますが、これは決して偶然ではありません。実際にこの旗は14世紀のヨーロッパの古地図に記録されている、中世ジョージア王国の旗で、ローズ革命(2003年)後に700年の時を経て公式に復活した、稀有な歴史を持つ1枚です。今回はそんなジョージア国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ジョージア国旗は、シンプルだけど印象的な構成です。
- 背景:白
- 中央:大きな赤い十字(聖ジョージ十字、旗の縁まで伸びる)
- 十字が作る4つの区画:各区画に小さな赤い十字(ボルヌル=カチェフリ十字、計4つ)
1つの大きな十字と4つの小さな十字を合わせた合計5つの十字から、通称「五十字旗(Five-Cross Flag)」として知られています。
色とシンボルの意味は、次のとおりです。
- 白:純粋さ、純真、知恵
- 赤:勇気、正義、愛
- 中央の十字:聖ジョージ(国の守護聖人)またはキリスト
- 4つの小さな十字:4人の福音書記者、または4つの歴史的地域、または4使徒など、諸説あり
5つの十字で、ジョージアという国のキリスト教的アイデンティティを表現する。これがこの旗の本質です。
「聖ジョージ」と国名の関係
国旗の中央の大きな十字は、聖ジョージ十字(St. George's Cross)です。
聖ジョージとは
聖ジョージ(Saint George、ジョージア語ではギオルギ)は、4世紀のローマ帝国時代の軍人聖人です。キリスト教徒として迫害され殉教し、「ドラゴンを倒した騎士」の伝説で世界的に知られます。ローマカトリック・東方正教会・英国国教会など、複数のキリスト教派で聖人として崇敬されています。
ジョージアと聖ジョージ
ジョージアは、国名そのものが聖ジョージから来ていると一般に言われています。ジョージア人にとって、聖ジョージは国の守護聖人です。ジョージア全土には365以上の聖ジョージ教会があり、これは年に1日1つの計算になります。国名「Georgia」も「聖ジョージの土地」が語源とされています(諸説あり)。
国の名前そのものが、聖人の名前から来ているというのは、世界の国の中でも珍しいことです。フランス(フランク族)やドイツ(ドイチェ)などとは異質な、宗教的アイデンティティが国名に直結している国です。
4世紀の時点で国教化
ジョージアは、世界で2番目に古いキリスト教国家でもあります。301年にアルメニアがキリスト教を国教化し(世界初)、319年または337年にジョージアがキリスト教を国教化しました(世界2番目)。
つまりジョージア人にとって、キリスト教は1,700年来の信仰です。国旗の十字は、その長い宗教的歴史を象徴しています。
14世紀の地図に描かれていた旗
ジョージア国旗の物語の核心が、この旗が14世紀の地図に記録されているという事実です。
1339年ドゥルチェルト、1367年ピッツィガーノ兄弟の海図
現存する最古の記録は、1339年にマルタの地図製作者アンジェリーノ・ドゥルチェルト(Angelino Dulcert)が作成したポルトラン海図です。ティフリス(現在のトビリシ)とスフミの上に「五十字旗」が描かれていることが、後年の研究で確認されました。
そして1367年、イタリアのピッツィガーノ兄弟(Pizzigano、ベネツィア共和国の地図製作者)が作成したポルトラン海図のなかに、「グルジア王国(Georgia)の旗:白地に5つの赤い十字(エルサレム十字型)」として、現在のジョージア国旗とほぼ同じデザインが改めて描かれています。14世紀前半の作者不詳の地理書『諸国の書(Book of All Kingdoms)』にも、同じデザインの旗の記録があり、少なくとも14世紀には中世ジョージア王国の旗として広くヨーロッパで認識されていたことがわかります。
中世ジョージア王国
中世(11-13世紀)には、タマル女王などで知られる強大な王朝、ジョージア王国(グルジア王国)が存在していました。全盛期は11世紀から13世紀で、領土は現在のジョージアより広く、カフカース全域に及びました。そして、エルサレム十字(4分割の中央十字に4つの小十字)を国の象徴として使用していました。
ジョージア王国は十字軍時代のキリスト教国家として、ヨーロッパとも盛んに交流しました。そのため、ヨーロッパの地図製作者にも、ジョージアの旗が知られていたわけです。
600年の眠り
13世紀以降、ジョージアはモンゴル帝国・ティムール・オスマン帝国・ペルシア・ロシア帝国・ソ連と、次々に強大な勢力に支配されました。かつての王国の旗は、長く公の場から姿を消すことになります。
600年以上、博物館か歴史書のなかにしかなかった旗。それが、21世紀に復活することになります。
2003年、ローズ革命
ジョージア国旗の復活の鍵は、2003年11月のローズ革命(バラ革命)でした。
革命の経緯
当時のジョージア大統領エドゥアルド・シェワルナゼ(旧ソ連時代の外相、ペレストロイカの立役者のひとり)の長期政権が、選挙不正で民衆の怒りを買います。2003年11月22日、野党指導者ミハイル・サアカシュヴィリが、バラの花を持って国会に乱入しました。政府支持者と野党支持者が対峙するなか、シェワルナゼ大統領は辞任します。そして2004年1月、サアカシュヴィリが新大統領に選出されました。
血を流さず、バラの花を持って政権交代する。これが比較的平和な革命であり、「ローズ革命」の名前の由来です。
国旗復活への流れ
新政権はジョージアの民族的アイデンティティを取り戻す路線を打ち出し、中世王国の旗を国旗にしようという運動が一気に進みました。
実は1990年代から、野党統一国民運動(サアカシュヴィリの党)が「五十字旗」を党旗として使用していました。ローズ革命の時、国会前で振られていたのもこの旗です。革命の旗が、そのまま国旗になるというプロセスを経て、2004年1月14日に議会が新国旗法案を採択し、1月25日にサアカシュヴィリ大統領が大統領令第31号に署名して、国旗として正式採用されました。
600年以上の眠りから、ジョージアの古い旗が公式の国旗として復活する。世界の国旗史でも稀な瞬間でした。
それ以前の旗(1991-2004)
ちなみに、ソ連からの独立(1991年)から2004年までのジョージア国旗は、赤・黒・白の横帯にエンジ色の縁取りを加えた、まったく違うデザインでした。1918年から1921年のジョージア民主共和国時代の旗を踏襲したものですが、1990年代後半から「もっと歴史的に深い旗を」という機運が高まり、結果的に2004年の変更に至ったわけです。
「グルジア」から「ジョージア」へ ── 日本の対応
ジョージアという国は、日本では2015年まで「グルジア」と呼ばれていました。
由来の違い
呼び名の由来はそれぞれ異なります。「グルジア」はロシア語の「Грузия(Gruziya)」から、「ジョージア」は英語の「Georgia」から来ています(実際の発音は「ジョージア」です)。なお現地語の自称は「サカルトヴェロ(საქართველო)」で、「カルトリ人の地」を意味します。
つまり、日本での呼び名「グルジア」は、ロシア側からの呼び名だったわけです。
2015年、改名
2008年の南オセチア紛争(ロシアとジョージアの戦争)を経て、ジョージア政府は「ロシア由来の呼び名を国際的に避けたい」と各国に要請しました。我々の国名は「ジョージア」であって、「グルジア」ではない、というわけです。
日本では2015年4月22日、日本政府が正式に「グルジア」から「ジョージア」へと呼称変更しました。同時に、日本国内の地図帳・教科書なども順次更新されました。
国名の呼び方が、国際政治の問題になる。これを日本人に意識させた珍しい例です。
ちなみに米国の州「ジョージア州」との混同が起きないか、という議論もありましたが、英語ではどちらも"Georgia"なので、世界の他の国とも同じ問題を抱えているということで、日本も改名に踏み切りました。
5つの十字 ── 解釈の諸説
国旗の5つの十字の意味については、諸説あります。
ひとつめの説は、キリストと4使徒です。中央がキリストで、4つがペトロ、パウロ、ヨハネ、アンデレなどの4人の使徒だとする解釈です。
ふたつめの説は、キリストと4福音書記者です。中央がキリストで、4つがマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四福音書記者だとする解釈です。
みっつめの説は、聖ジョージと4つの歴史的地域です。中央が聖ジョージで、4つがカルトリ・カヘティ・イメレティ・サメグレロなど、ジョージアの4つの歴史的領邦だとする解釈です。
よっつめの説は、エルサレム十字の継承です。中央が大きな十字(十字軍時代のエルサレム王国の旗にも見られる構成)で、4つが世界の四方への伝道を表すとする解釈です。
正確な答えは「諸説あり」です。1つの解釈に絞り込まれていないこと自体が、国旗の歴史的深さの証でもあります。
ちなみに:ボルヌル=カチェフリ十字
国旗の4つの小さな十字は、ボルヌル=カチェフリ十字(Bolnur-Katskhuri Cross)と呼ばれる、ジョージア独自の十字形式です。十字の四端が、矢じりのように尖って広がる形で、ジョージアの古代教会建築によく見られる装飾です。6世紀から10世紀のジョージア教会の遺跡から多数発見されています。
ジョージア独自の十字形式を、国旗に取り入れている。これも他の十字旗(スイス・北欧諸国・イギリスなど)とは違う、ジョージア国旗の独自性です。
まとめ:600年の眠りから蘇った中世の旗
今回のジョージア国旗のまとめです。
- 白地に大きな赤い十字と4つの小さな赤い十字(ボルヌル=カチェフリ十字)
- 通称「五十字旗(Five-Cross Flag)」
- 2004年1月14日採択、1月25日に大統領が署名し正式採用
- 中世のジョージア王国(11-13世紀)の旗が起源、1339年のドゥルチェルト海図と1367年のピッツィガーノ兄弟の海図にデザインの記録あり
- 600年以上の眠りを経て、2003年のローズ革命を機に復活
- 中央の十字は聖ジョージ(国の守護聖人、国名の由来)、4つの小十字は諸説あり(4使徒・4福音書記者・4つの歴史的地域)
- ジョージアは世界で2番目に古いキリスト教国(4世紀に国教化)
- 1991-2004年は赤・黒・白の別デザイン
- 日本では2015年4月に「グルジア」から「ジョージア」に呼称変更(現地語自称は「サカルトヴェロ」)
14世紀の地図に残されていた旗が、21世紀のローズ革命で蘇る。ジョージアの旗は、国の本当の歴史的アイデンティティを、現代に取り戻したロマンチックな1枚です。