赤地に5つの黄色い星、大きな1つの星と、それに従う4つの小さな星。中華人民共和国の国旗、五星紅旗(ウーシンホンチー)です。世界人口の17%(14億人)を擁する大国の旗ですが、デザインしたのは無名の市民でした。上海の小さな会社で働いていた、経済学を学んだサラリーマンです。今回はそんな中華人民共和国国旗の話です。
政治的に繊細なトピックを含むため、当サイトの方針通り中立的・事実ベースで記述しています。
まずは構成のおさらい
中華人民共和国国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:赤
- 左上のカントン:大きな黄色(金色)の五芒星が1つ、その右側にアーチ状に並ぶ4つの小さな黄色い五芒星。4つの小星は、先端の1つが大星の中心を指すように大星のほうを向く
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:中国共産革命、革命のために流された血
- 黄(金):明るい未来、伝統的に中国を象徴する色
- 大きな星:中国共産党
- 4つの小さな星:中国人民の4つの階級(労働者・農民・小資本家・民族資本家)
1つの中心と、それを取り囲む4つの構成要素。毛沢東の新民主主義論に基づく国家観を、直接表現したデザインです。
曾联松 ── 無名の市民が描いた国旗
中華人民共和国国旗のデザイナーは、曾联松(Zeng Liansong、ツェン・リャンソン、1917-1999)です。
どんな人物か
曾联松は、プロのデザイナーでも政治家でもありませんでした。1917年12月、浙江省温州市に生まれ、中央大学(後の南京大学)で経済学を学びます。1949年当時は上海の現代経済通信社で会計係として勤務しており、共産党員でもない、一般市民でした。
ただの一般市民が国の旗をデザインするというのは、世界の国旗の歴史でも稀な例です。アンティグア・バーブーダの美術教師レジナルド・サミュエル、アメリカの高校生ボブ・ヘフト(17歳)、UAEの19歳の応募者アル・マイナ、そして中華人民共和国の会計係 曾联松。国旗デザインは、市井の人が国を象徴する作品を作れる世界唯一の領域であり、これはその世界共通のパターンの一例です。
約3,000件の応募作から
1949年7月、中国人民政治協商会議準備委員会が新国旗のデザインを公募しました。応募期間は1949年7月15日から26日まで、応募総数は約3,000件で、応募者は中国本土・香港・マカオ・海外華僑から幅広く集まりました。3,000件のなかから1つを選ぶという、途方もない選定作業でした。
星空を見ていて発想した
曾联松が後に語ったところによれば、発想の源は星空でした。
「ある晩、屋根の上で星空を眺めていた。中国共産党を大きな星に、人民の4つの階級を4つの小さな星にすれば、党と人民の関係を、星座のように表現できるのではないか」
星空からインスピレーションを得るという、ロマンチックな発想でした。そして彼は、大きな星に鎌と槌(共産主義のシンボル)を加えた原案を提出します。革命のシンボルとしての完全性を意識した設計でした。
周恩来・毛沢東による選定
3,000件の応募作のうち、最終候補に残ったのは38点でした。
「複線3つ」の案がほぼ採用されかけた
最終選考でほぼ採用が決まりかけたのは、別の案でした。赤地に黄色い大きな星を左上に置き、下に黄色い横線3本を引いたデザインです。この3本線は、黄河・長江・珠江という中国の三大河川を象徴するものでした。
ところが当時の毛沢東は、「3本線は中国を3つに分断するように見える」と懸念します。そこで周恩来が曾联松の星のデザインを推薦し、「5つの星なら、党と人民の統一を象徴できる」として、最終的に毛沢東が曾の案を承認しました。
鎌と槌の削除
ただし、曾联松の原案には大きな星に鎌と槌が描かれていました。これは最終選考組織(第六小組)の議論と座談会での検討を経て削除されます。主な理由は、ソビエト連邦の国旗に似すぎていること、新民主主義論で示された「4階級(労働者・農民・小資本家・民族資本家)の団結」というより広い階級的包摂を示すため、「中国は中国であり、ソ連の真似ではない」という独自アイデンティティ、そして純粋な5つの星のほうがシンプルで力強いこと、などでした。
結果として、シンプルだが力強い「5つの黄色い星」の現代版が完成しました。
1949年10月1日、天安門広場
1949年9月27日、人民政治協商会議で五星紅旗が正式採択されました。そしてわずか4日後の10月1日、毛沢東が天安門広場で建国宣言を行います。
「中国人民は立ち上がった」
1949年10月1日午後3時、北京・天安門の楼閣の上から、毛沢東が宣言しました。
「中華人民共和国中央人民政府は、本日成立した。中国人民は立ち上がった!」
「中華人民共和国中央人民政府今天成立了!中国人民站起来了!」
そして毛沢東自身が、新国旗を初めて掲揚しました。五星紅旗が天安門広場に翻った瞬間、中華人民共和国が公式に成立したのです。国旗の初掲揚が建国宣言と重なるという、世界の国旗の歴史でも特に劇的な瞬間でした。
曾联松の人生
国旗が採択された後、曾联松は500元の謝礼を受け取りました。当時としては平均年収レベルです。しかし彼は、政治家やデザイナーとして名を売ることはありませんでした。戻った上海で引き続き会計係として勤務し、国旗のデザイナーであることは長く公には知られていませんでした。1980年代以降、徐々に「五星紅旗の設計者」として認知され、1999年10月19日、上海で亡くなりました。82歳でした。
国の旗をデザインしたのに、人生は変わらず一市民として過ごした。なかなか日本的な美徳を感じさせる人物像です。
5つの星 ── 党と人民の関係
国旗の5つの星の配置と意味こそ、五星紅旗の核心です。
大きな星:中国共産党
左上の最も大きな星は、中国共産党(CCP)を象徴します。5つの星のなかで圧倒的に大きく、国家の指導的存在として配置されています。
4つの小さな星:人民の4つの階級
大星の右側にアーチ状に並ぶ4つの星は、毛沢東の新民主主義論(1940年)に基づく4つの階級を表します。労働者階級(工人)、農民階級(農民)、小資本家階級(小資産階級、小規模商業者など)、民族資本家階級(民族資産階級、民族的な大規模ブルジョワジー)の4つです。この4つの階級が、共産党の指導下で団結するというのが、建国時の毛沢東の国家観でした。
4小星が大星を向く
そして4つの小星は、すべて1つの先端が大きな星の中心を向くように配置されています。「人民が、党を向いて従う」という構図であり、党と人民の指導関係を視覚的に表現しています。
国旗のなかで政治的階級関係が幾何学的に表現されるというのは、世界の国旗のなかでもかなり明示的な政治的メッセージで、共産主義国家の旗ならではの特徴です。
国旗の正式な比率と寸法
中華人民共和国国旗には、極めて精密な規格があります。
サイズ規格
中華人民共和国国旗法(1990年制定)で、5種類の標準サイズが定められています。
- 1号:288×192cm(人民大会堂など)
- 2号:240×160cm
- 3号:192×128cm
- 4号:144×96cm
- 5号:96×64cm(一般家庭・学校)
星のサイズと位置
大きな星の直径は旗の高さの5分の1、小さな星の直径は旗の高さの15分の1(大きな星の3分の1)です。5つの星はすべて旗の上半分・左4分の1に収まり、4つの小星はそれぞれ1つの先端が大星の中心を指します。
ここまで精密に規格化されている国旗は珍しく、14億人の国の旗という重みが、寸法の細かさにも表れています。
ちなみに:他のシンボルとの関係
中華人民共和国には、他にも国家シンボルがあります。
国歌:義勇軍進行曲
国歌は「義勇軍進行曲」です。作詞は田漢、作曲は聶耳で、もとは1935年の抗日映画『風雲児女』の主題歌でした。「起来!不愿做奴隶的人们!(起て!奴隷となるを欲せざる人々よ!)」で始まり、1949年に国歌に採用されました。
国章
国章は、中央に天安門を置き、周囲に5つの星(国旗と同じ)を配し、下に歯車(労働者)と小麦の穂(農民)をあしらったものです。
国旗・国歌・国章のすべてが、革命の理念と人民の闘いを表現しています。徹底した政治的シンボリズムです。
「五星紅旗」という名前
国旗の正式名称は「五星紅旗(Wǔ Xīng Hóng Qí、ウーシン・ホンチー)」です。五(五つの)、星(星)、紅(赤)、旗(旗)という、シンプルな名前でデザインそのものを表現しています。日本でいう「日の丸」と似たような、説明的でわかりやすい名前です。
中国国民にとって、「五星紅旗」はただの国旗以上の意味を持ちます。国家のアイデンティティの中心であり、学校行事で必ず掲揚され、国民的な歌「五星紅旗高高飘扬」(五星紅旗高々と翻る)に歌われ、オリンピックでの掲揚は国民的な誇りとなっています。
まとめ:14億人の国の、無名の市民の作品
今回の中華人民共和国国旗のまとめです。
- 赤地に左上に5つの黄色い星(大1+小4のアーチ配置)
- 通称「五星紅旗(ウーシン・ホンチー)」
- 1949年9月27日採択、10月1日に毛沢東が天安門広場で初掲揚
- デザイナーは曾联松(無名の上海の会計係、約3,000件の応募から選定)
- 赤は共産革命、黄は中国の伝統色、大星は中国共産党、4小星は労働者・農民・小資本家・民族資本家の4階級
- 4小星はすべて1つの先端が大星の中心を向く(党の指導と人民の関係)
- 曾联松の原案には鎌と槌があったが、選定委員会(第六小組)の議論を経て、ソ連旗との類似や4階級の団結を阻害する等の理由で削除
- 曾联松は500元の謝礼を受け取った後、引き続き上海で会計係として勤務
- 国旗法で星の正確な寸法・配置が規定されている
- 国旗・国歌・国章すべてに革命と人民のテーマが貫かれている
14億人の国の旗を、無名の市民が、星空からインスピレーションを得て描いた。中華人民共和国の旗は、国家の大きさと、デザイナーの一介の市民性のコントラストが際立つ1枚です。