緑地に、黄色いひし形。その中央に青い円があり、そこに27の白い星と「ORDEM E PROGRESSO(秩序と進歩)」の白い帯が描かれています。ブラジルの国旗です。南米最大の国家であり、世界で唯一、特定の日時の夜空を描いた国旗でもあります。1889年11月15日午後8時30分、リオデジャネイロの空を、そのまま国旗に描いたという、世界の国旗のなかで最も天文学的な1枚です。今回はそんなブラジル国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ブラジル国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:緑
- 中央:黄色いひし形(菱形、ロザンジ)
- ひし形の中央:青い円(天球を表す)
- 青い円のなか:27の白い5角星(夜空の星座)と、「ORDEM E PROGRESSO(秩序と進歩)」の白い帯
色とシンボルは、以下のとおりです。
- 緑:ブラガンサ家(旧王朝)の色であり、アマゾンの熱帯雨林を表します
- 黄:ハプスブルク家(旧皇后の家系)の色であり、ブラジルの金鉱を表します
- 青:夜空、ブラジルの空
- 27の星:ブラジルの26州+連邦区。現実の州の位置で星座が配置されています
- 白い帯:天球の帯(天の赤道/黄道)。標語を掲げるための象徴的なリボンであり、地理的な赤道そのものではありません
- 「秩序と進歩」:実証主義の理念(オーギュスト・コント)
1枚の旗に、特定の時間と場所の夜空を描く。これが、世界の国旗のなかで唯一無二のコンセプトです。
「1889年11月15日午後8時30分、リオの夜空」
ブラジル国旗の最大の世界的特徴は、特定の時刻の夜空を描いた点にあります。
「共和制宣言の日」
1889年11月15日は、ブラジルが帝政から共和制に移行した日です。ペドロ2世皇帝が退位し、ブラジル合衆国(後のブラジル連邦共和国)が成立しました。デオドロ・ダ・フォンセカが初代大統領となります。
午後20時30分(8時30分)の夜空
そして国旗には、1889年11月15日の午後8時30分(20時30分)、リオデジャネイロの夜空が描かれています。「ブラジル共和制成立の日の夜空」であり、その時の星座配置が、現代の国旗に正確に描かれているのです。これは国旗法(1971年法律第5700号)で公式に規定されています。
国旗が特定の歴史的瞬間の天体地図になっているというのは、世界の国旗のなかでブラジルだけの特徴です。
27の星 ── ブラジルの27の州
青い円のなかの27の星は、ブラジルの27の連邦単位を表します。26の州と1つの連邦区(ブラジリア)を合わせて、合計27です。
しかも各州の地理的位置が、夜空の星の位置と対応しています。北部の州は北の星に、南部の州は南の星に。こうして「地理・天文学・政治」を1つの円に圧縮しているのです。
「白い帯=天球の帯(標語のリボン)」
青い円を斜めに横切る白い帯は、天球の天の赤道・黄道を象徴する帯であり、あるいは標語を掲げるための象徴的なリボンです。地理的な「赤道」そのものを描いたものではありません(地理的な赤道はブラジル国土の北端を通り、ブラジル国土の約93%が南半球、約7%が北半球にあります)。
天球の帯のなかに共和制の標語を掲げるというのが、ブラジル国旗の天文学的な特徴です。
「ORDEM E PROGRESSO」 ── 秩序と進歩
国旗中央の文字は「ORDEM E PROGRESSO」、ポルトガル語で「秩序と進歩」を意味します。
オーギュスト・コントの実証主義
このフレーズは、オーギュスト・コント(Auguste Comte、1798-1857)の実証主義に由来します。コントの原文は「L'amour pour principe et l'ordre pour base; le progrès pour but」、すなわち「愛を原理として、秩序を基盤とし、進歩を目的とする」というものです。この思想は19世紀後半、ブラジルの知識人に影響を与えました。
ブラジル共和制の理念
1889年の共和制宣言の指導者たちのなかには、軍人で実証主義者のベンジャミン・コンスタント、そして国旗の主要デザイナーでブラジル実証主義教会の創設者でもあるライムンド・テイシェイラ・メンデス(Raimundo Teixeira Mendes)がいました。彼らは「コントの実証主義を、ブラジルの国是にする」ことを目指したのです。
フランス人の哲学者の言葉が、ブラジルの国旗の中央に刻まれた。これは19世紀の知的国際交流の興味深い遺産です。
「愛」が削られた
ところが、コントの原文にある「愛を原理として」の部分は、国旗からは削除されました。採用されたのは「秩序と進歩」のみで、「愛」は文字数の都合で除外されたとされます(諸説あり)。
世界の国旗で最も知的な銘文のひとつとして、現代も世界中で議論されています。
1889年11月19日 ── 共和制旗の制定
ブラジル国旗の制定史を見ていきます。
帝国時代
ブラジルは1822年から1889年まで、ブラジル帝国の時代でした。1822年9月7日、ペドロ1世がブラジル独立を宣言します。当時の旗は、緑と黄にブラジル帝国紋章(王冠+天球+盾)を組み合わせたものでした。緑はブラガンサ家(ペドロ1世の父系)、黄はハプスブルク家(ペドロ1世の妻、マリア・レオポルディーナ)の色です。
共和制宣言
1889年11月15日、共和制が宣言されます。新国旗の制定は、そのわずか4日後でした。
1889年11月19日、新国旗
1889年11月19日、新国旗が正式に制定されます。基本デザインは緑と黄ひし形を継承し、帝国時代の伝統を引き継ぎました。しかし中央の紋章は、帝国の王冠から、共和制の天球と銘文へと変わりました。
設計には、メインのライムンド・テイシェイラ・メンデス、ミゲル・レモス、星の正確な位置を計算した天文学者のマヌエル・ペレイラ・レイス、視覚デザインを担当した芸術家のデシオ・ヴィラレスが携わりました。
哲学者・天文学者・芸術家・政治家のチームで設計したというのは、世界の国旗のなかで稀な多分野コラボレーションです。
星の数の変遷 ── 21→22→23→27
ブラジル国旗の星の数は、州の数とともに変化してきました。
1889年:21の星
初代版では、21の州を表す21の星が描かれていました。
1960年:22の星
グアナバラ州(リオデジャネイロが首都から外れた後の新州)が追加され、22の星になりました。
1968年:23の星
アクレ州(アマゾンのボリビアとの国境州)が追加され、23の星になりました。
1992年:27の星
4つの新州、すなわちアマパー州、ロライマ州、ロンドニア州、トカンチンス州が一度に追加され、合計27の星になりました。
国旗の星の数が州の数とともに増えるというのは、アメリカ国旗(13本のストライプ+50の星)と並ぶ、連邦国家の典型的なパターンです。
緑と黄 ── 旧帝国の遺産
ブラジル国旗の緑と黄は、旧ブラジル帝国の遺産です。
ブラガンサ家とハプスブルク家
緑はブラガンサ家(ペドロ1世の父系、ポルトガル王家)の色、黄はオーストリア・ハプスブルク家(マリア・レオポルディーナ、ペドロ1世の妻)の色です。
ブラジル独立を主導した王室の、両家の色というのが、緑と黄の本来の意味でした。
共和制での再解釈
共和制への移行後、新しい解釈が加わります。緑はアマゾンの熱帯雨林やブラジルの自然を、黄はブラジルの金鉱や太陽を表すというものです。
王朝の色が自然と豊穣のシンボルへ。これは典型的な国旗の再解釈です。
ブラジルという国
ブラジルの基本情報です。
- 正式名:ブラジル連邦共和国(República Federativa do Brasil)
- 首都:ブラジリア(1960年にリオデジャネイロから移転)
- 最大都市:サンパウロ(人口約1,200万)
- 面積:約851万km²(世界第5位、南米最大)
- 人口:約2.16億人(世界第7位)
- 公用語:ポルトガル語(ラテンアメリカで唯一)
- 宗教:ローマ・カトリック(約65%)、プロテスタント(約22%)
「南米最大の国」
ブラジルは、南米の半分以上の面積を占めます。南米の総面積の約47%にあたり、ロシア・カナダ・中国・アメリカに次ぐ世界第5位の広さです。南北4,000km、東西4,000kmにおよびます。
「アマゾン熱帯雨林」
ブラジル最大の自然資源が、アマゾンです。世界最大の熱帯雨林で、国土の約60%がアマゾン流域にあたります。世界の酸素の約20%を生み出すとも言われ(諸説あり)、約400万種の動植物が生息しています。
国旗の緑が表すアマゾンというシンボルは、世界の気候変動とも直結しています。
「サッカーとカーニバルの国」
ブラジルは、世界的に有名な文化を数多く持っています。サッカーではFIFAワールドカップ優勝5回という世界最多の記録を誇ります。リオのカーニバルはサンバとともに世界最大の祭りとして知られ、ボサノヴァは音楽ジャンルとして世界に影響を与えました。
「言語の島」
ブラジルは、ラテンアメリカで唯一ポルトガル語を話す国です。周辺諸国(アルゼンチン・ウルグアイ・ペルー・コロンビア・ベネズエラなど)はスペイン語ですが、ブラジルでは約2億人がポルトガル語を話し、世界最大のポルトガル語人口を抱えています。まさに「南米の言語の島」です。
ちなみに:日本人移民
ブラジルと日本には、特別な関係があります。
1908年、笠戸丸
1908年6月18日、笠戸丸が到着しました。日本人初のブラジル移民船です。約790名の日本人移民を乗せ、サンパウロのサントス港に着きました。この日は「ブラジル日本人移民の日」として記念されています。
「世界最大の日系コミュニティ」
ブラジルには、世界最大の日系移民が暮らしています。約190万人の日系ブラジル人がおり、2世・3世・4世が中心です。サンパウロのリベルダーデ(自由の街)は、世界的に有名な日本人街として知られています。
ブラジル国旗の青い円が表す南半球の空、その下に日本人が約190万人。これは、ブラジルと日本の不思議なつながりです。国旗の星の中に、日本の影響も静かに存在しているのです。
まとめ:1889年11月15日、リオの夜空
今回のブラジル国旗のまとめです。
- 緑地+中央の黄色いひし形+青い円+27の白い星+「ORDEM E PROGRESSO」の白い帯
- 1889年11月19日、共和制宣言の4日後に正式制定
- 設計はライムンド・テイシェイラ・メンデス(実証主義者)が主導、複数の専門家のチーム
- 1889年11月15日午後8時30分(20時30分)、リオデジャネイロの夜空を描く(1971年法律第5700号で規定)
- 世界で唯一、特定の日時の夜空を描いた国旗
- 27の星=ブラジルの26州+連邦区、各星の位置が州の地理的位置と対応
- 白い帯=天球の帯(天の赤道/黄道を象徴する標語のリボン、地理的な赤道ではない)
- 「Ordem e Progresso」=オーギュスト・コントの実証主義「秩序と進歩」
- コント原文「愛を原理として、秩序を基盤とし、進歩を目的とする」から「愛」を削除
- 緑=ブラガンサ家(ポルトガル王家)/アマゾン熱帯雨林
- 黄=ハプスブルク家(マリア・レオポルディーナ皇后家系)/ブラジルの金鉱
- 1822年帝国独立、1889年共和制移行、緑+黄+ひし形を継承
- 星の数は1889年21→1960年22→1968年23→1992年27と推移
- 南米最大の国家、世界第5位の面積、ポルトガル語圏で唯一のラテンアメリカ国家
- アマゾン熱帯雨林、サッカー(W杯優勝5回)、リオのカーニバル
- 1908年笠戸丸以来、世界最大の日系移民コミュニティ(約190万人)
1889年11月15日午前8時30分のリオの夜空が、現代も国旗に。ブラジルの国旗は、歴史的瞬間を天文学的に永遠化した、世界で唯一の国旗です。