中濃の青地に、黄色い三角形。三角形の斜辺に沿って、7つの白い5角星と、上下に半分の星。ボスニア・ヘルツェゴビナの国旗は、1998年、国会が決められず、国連高等代表が押し付けたデザインです。ボシュニャク人・クロアチア人・セルビア人という3民族の対立を経た、世界でも珍しい「中立性のために選ばれた国旗」です。そして三角形は、国土の形そのものを表すという、地理と歴史を1枚に込めた旗でもあります。今回はそんなボスニア・ヘルツェゴビナ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ボスニア・ヘルツェゴビナ国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:中濃の青(EUの青に近い)
- 斜めの黄色い三角形:右上の角から、下辺の左端まで
- 三角形の斜辺に沿って:7つの白い5角星+上下の半分の星
色とシンボルは、以下のとおりです。
- 青:ヨーロッパ、平和、中立
- 黄色:希望、太陽
- 三角形の3つの角:3つの主要民族(ボシュニャク・クロアチア・セルビア)
- 三角形の形:ボスニア・ヘルツェゴビナの国土の形
- 白い星:ヨーロッパ。EU旗のイメージで、無限に続く星(上下の半分の星がそれを示唆)
中立性、ヨーロッパ志向、3民族の共存という、1990年代の内戦から生まれた現代国家のアイデンティティを視覚化した、世界で最も意図的に「無民族色」な国旗です。
1998年2月4日 ── 国連が押し付けた国旗
ボスニア国旗の制定には、世界でも極めて珍しい経緯があります。
1992-1995年、ボスニア紛争
ボスニア・ヘルツェゴビナは、20世紀末に悲劇を経験しました。1991年にユーゴスラビアが崩壊し始め、1992年4月にボスニア・ヘルツェゴビナが独立を宣言します。しかし、3民族の対立からボスニア紛争が勃発しました。3民族とは、ボシュニャク人(イスラム教徒、約48%)、セルビア人(セルビア正教、約37%)、クロアチア人(カトリック、約14%)です。
この紛争では約10万人が死亡し、約220万人が難民となりました。サラエボ包囲(1992-1996)は3年以上に及ぶ都市包囲戦となり、スレブレニツァ虐殺(1995年7月)では約8,000人のボシュニャク男性が虐殺され、第二次大戦後ヨーロッパ最悪のジェノサイドとなりました。
1995年12月、デイトン合意
1995年12月、米国オハイオ州デイトンでデイトン合意が結ばれます。3民族の代表が合意し、ボスニア紛争が終結しました。この合意により、国家は2つの主体に分割されます。ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(ボシュニャク+クロアチア、約51%の領土)と、スルプスカ共和国(セルビア、約49%の領土)です。そして、国際社会の代表が国連高等代表として国を監督することになりました。
1998年、国旗が決まらない
しかし、デイトン合意後も、ボスニアの国旗は決まりませんでした。3民族がそれぞれ自分たちのシンボルを主張し、議会で議決できなかったのです。新生ボスニアの国旗は、3年経っても確定しませんでした。
カルロス・ベステンドルプの決定
そして1998年2月4日、国連高等代表カルロス・ベステンドルプ(Carlos Westendorp、スペイン外交官)が、ボン権限を行使します。「ボスニア議会が決められないなら、私が決定する」として、新国旗を一方的に提示しました。3民族のいずれにも結びつかない、完全に中立のデザインでした。
ベステンドルプ案は最終的にボスニア・ヘルツェゴビナ議会で承認・法制化され、現在の正式な国旗として確定しました。ただし、高等代表の提示が事実上の決定打となった点で、国民の自由意思による選択とは異なる経緯です。
国民の合意ではなく国際社会の介入で決まった国旗というのは、世界の国旗のなかで極めて珍しいものです。フィジーやベラルーシなど、国民が国旗を選び直した国とは対照的です。
「中立性」 ── デザインの哲学
ボスニア国旗の最も重要な設計思想が、中立性です。
3民族のシンボルを避ける
ベステンドルプが指示したデザイナーは、3民族のいかなる宗教・民族シンボルも避けました。セルビアのキリル文字や二重十字、クロアチアの市松紋章、ボシュニャクの百合の花、そして十字・三日月・宗教シンボル全般を、すべて避けたのです。
そして選ばれたのが、EU旗の色である青と黄色、国土の地理的な形である三角形、そしてヨーロッパの象徴である星でした。
すべての民族・宗教・歴史的シンボルを排除し、ヨーロッパ志向だけを表現したというのが、ボスニア国旗の本質です。
三角形=国土の形
国旗の三角形は、ボスニア・ヘルツェゴビナの国土の形を表します。国土の地図を見ると、おおむね三角形をしているのです。3つの角は3つの主要民族を表し、民族と地理を一致させる発想です。
国旗の形が国土の地図そのものになっている、というのは世界の国旗のなかでも珍しく、ナウル、ニジェール、ソロモン諸島などの「地図的国旗」に近い発想です。
星 ── ヨーロッパへの志向
7つの白い星と上下の半分の星は、「無限に続く星」を表現しています。「ヨーロッパは無限に広がる」という意味で、EU旗の12個の星と同じ発想です。ボスニアはヨーロッパの一員だ、というメッセージが込められています。
ボスニアがいつかEUに加盟する希望は、現代も継続する国家目標です。2024年時点でEU加盟交渉中です。
「ボスニア」と「ヘルツェゴビナ」 ── 2つの地域
国名「ボスニア・ヘルツェゴビナ」は、2つの歴史的地域から成ります。
ボスニア
ボスニアは、北部のボスナ川流域を指します。語源はボスナ川で、首都はサラエボ、歴史的にはオスマン帝国の支配下でイスラム化が進みました。
ヘルツェゴビナ
ヘルツェゴビナは、南部の地域です。語源はドイツ語の「Herzog(公爵)」にスラヴ語の接尾辞「-ovina」が付いたもので、「公爵領」を意味します。15世紀の地方公爵シュテファン・ヴクチッチ・コサチャ(Stjepan Vukčić Kosača)にちなみます。
ボスニア(川の国)とヘルツェゴビナ(公爵領)という、2つの異なる歴史地域の連合です。
ボスニア・ヘルツェゴビナという国
ボスニアの基本情報です。
- 正式名:ボスニア・ヘルツェゴビナ(Bosna i Hercegovina / Босна и Херцеговина)
- 首都:サラエボ(Sarajevo)
- 面積:約5.1万km²
- 人口:約330万人
- 公用語:ボスニア語、クロアチア語、セルビア語(3つ。実質的には同一の言語の異なる呼称)
- 宗教:イスラム教(約51%)、セルビア正教(約31%)、ローマ・カトリック(約15%)
「3民族+3言語+3宗教」
ボスニアは、極めて複雑な民族構造を持っています。
| 民族 | 言語 | 宗教 |
|---|---|---|
| ボシュニャク | ボスニア語 | スンナ派イスラム |
| セルビア | セルビア語(キリル文字) | セルビア正教 |
| クロアチア | クロアチア語(ラテン文字) | カトリック |
1つの国に3つの民族、3つの言語、3つの宗教があるというのは、世界でも極めて複雑な構造です。
「サラエボ事件」
ボスニアには、世界史を変えたサラエボ事件(1914年)の舞台という歴史があります。1914年6月28日、オーストリア・ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公が、サラエボでセルビア民族主義者のガヴリロ・プリンツィプに暗殺されました。これが第一次世界大戦の引き金となり、約2,000万人が死亡する世界大戦へとつながります。
国旗の白い星はヨーロッパを表しますが、ボスニアは第一次大戦・第二次大戦・1990年代のボスニア紛争という3つの大規模な戦争の発端・舞台となった、という重い歴史を抱えています。
「ヨーロッパのエルサレム」
サラエボは、「ヨーロッパのエルサレム」と呼ばれます。モスク・正教会・カトリック教会・シナゴーグが同じ通りに並び、オスマン帝国時代から続く多宗教共存の伝統があるためです。世界で唯一、徒歩で4つの主要宗教の聖地を訪れられる都市とも言われます。
国旗の中立性は、このサラエボの多宗教共存の伝統に通じるもので、ボスニアの理想を表しています。
ちなみに:ボスニア戦争の傷跡
ボスニアには、現代も残る戦争の傷跡があります。
サラエボのバラ
サラエボの街には、「サラエボのバラ」があります。戦争中の迫撃砲弾の爆発跡が市の中心部の歩道に残り、赤い樹脂で塗装されて「バラ」のように見えるものです。戦争で命を落とした人々の記念碑となっています。
スレブレニツァ・ジェノサイド
スレブレニツァ・ジェノサイド(1995年7月)は、第二次大戦後のヨーロッパで最悪のジェノサイドです。約8,000人のボシュニャク男性・少年が、セルビア人共和国軍によって虐殺されました。国際刑事裁判所でジェノサイドと認定され、2007年には国際司法裁判所も認定しています。
国旗の青は平和を表しますが、白い星の下には深い悲しみが残っている、というのが現代ボスニアです。
まとめ:国連が選んだ、中立の国旗
今回のボスニア・ヘルツェゴビナ国旗のまとめです。
- 中濃の青地+黄色い三角形(右上から左下)+7つの白い5角星+上下の半分の星
- 1998年2月4日、国連高等代表カルロス・ベステンドルプが提示、最終的にボスニア・ヘルツェゴビナ議会が承認・法制化
- 1992-1995年ボスニア紛争で約10万人死亡、ボスニア議会が国旗を決められず
- 1995年12月デイトン合意、しかし国旗は3年間決まらない
- 青と黄=EU旗の色、ヨーロッパ志向
- 三角形=ボスニア・ヘルツェゴビナの国土の形+3つの主要民族
- 3民族=ボシュニャク(イスラム)・セルビア(正教)・クロアチア(カトリック)
- 星は「無限に続く星」=ヨーロッパの象徴、EU加盟への希望
- 3民族のいかなる宗教・民族シンボルも避けた、完全中立のデザイン
- 国名は「ボスニア(ボスナ川流域)+ヘルツェゴビナ(公爵領)」
- 国土は2つの主体に分割:ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦+スルプスカ共和国
- 公用語は実質同一の言語(ボスニア語・クロアチア語・セルビア語)
- 1914年サラエボ事件で第一次大戦勃発、20世紀の3大戦争の舞台
- サラエボは「ヨーロッパのエルサレム」、4つの主要宗教の聖地が共存
- 1995年スレブレニツァ・ジェノサイド、第二次大戦後のヨーロッパで最悪
- 「サラエボのバラ」、戦争の傷跡が今も街に残る
国民が選べなかったから外国人が決めた国旗、というボスニア・ヘルツェゴビナの国旗は、民族対立を超えるための「無民族色」の中立デザインであり、現代ヨーロッパで最も困難な国家建設の象徴です。