黒・黄・赤の縦三色。ベルギーの国旗は、ヨーロッパで最年少のトリコロールのひとつです。1830年8月25日のベルギー革命で生まれた、わずか200年弱の歴史を持つ旗ですが、色の起源は中世ブラバント公国の獅子の紋章にまで遡る、深い歴史を持つ1枚でもあります。しかも、横から縦へと方向転換した珍しいエピソードもあります。今回はそんなベルギー国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ベルギー国旗の構成は、次のとおりです。
- 縦3本の帯(左から):黒・黄・赤
- 比率:13:15(ほぼ正方形に近い、世界でも珍しい比率)
色とシンボルは、以下のとおりです。
- 黒:ブラバント公国の盾の地色(サブル、紋章用語で黒)
- 黄(金):ブラバント公国の獅子の色(オル、金)
- 赤:獅子の爪と舌(グール、赤)
中世ブラバント公国の紋章を、3つの縦帯に分解したという、ヨーロッパの古い紋章学に根ざした極めて伝統的なデザインです。
「ブラバントの獅子」 ── 色の起源
ベルギー国旗の3色の起源は、中世ブラバント公国の紋章にあります。
ブラバント公国
ブラバント公国(Duchy of Brabant)は、中世から近世(1183-1795年)にかけてネーデルラント地域に存在した領主国です。現在のベルギー北部とオランダ南部の一部にあたり、首都は後にベルギーの首都となるブリュッセルでした。強大な経済力を持ち、ヨーロッパ商業の中心地のひとつでした。
ブラバントの紋章
ブラバント公国の紋章は、典型的な中世ヨーロッパの紋章です。黒い盾の地(サブル、黒色)の上に、立ち上がる金の獅子(オル、金)が描かれ、その獅子の爪と舌は赤い(グール、赤)という構成でした。
つまり「黒い地、金の獅子、赤い爪と舌」であり、黒が盾の地、金(黄)が獅子、赤が獅子の爪と舌をそれぞれ表します。
1つの紋章を3つの帯に分解する、というのがベルギー国旗の発想です。ドイツ国旗(黒・赤・金)も、神聖ローマ帝国のハプスブルク家の紋章「黒い双頭の鷲」から派生しており、中世紋章学に基づくヨーロッパ国旗の典型といえます。
1789-1790年、ブラバント革命
ベルギー国旗が最初に登場したのは、実はベルギー革命より40年前のことでした。
ブラバント革命
1789年から1790年にかけて、ブラバント革命が起こります。神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の中央集権政策に反対して、オーストリア領南ネーデルラント(現在のベルギー)の民衆が蜂起したものです。このとき革命旗として、ブラバント公国の3色(黒・黄・赤)が初めて掲げられました。
ヨーロッパで最も古い3色旗のひとつが、ベルギー成立より前から存在していた、という事実です。
しかし革命は失敗
1790年、オーストリア軍が革命を鎮圧し、3色旗は一時的に姿を消します。しかし、この旗は民族意識のシンボルとして人々の記憶に残り続けました。
1830年8月25日 ── ベルギー革命
ベルギー国旗が正式に誕生したのは、1830年のベルギー革命のときです。
ネーデルラント連合王国
1815年のウィーン会議後、現在のベルギーとオランダはネーデルラント連合王国として統合されました。国王はオランダ王のヴィレム1世です。しかし、ベルギー(カトリック・フランス語話者)とオランダ(プロテスタント・オランダ語)の間で対立が生まれ、政治的・経済的・宗教的な不満が蓄積していきました。
1830年8月25日、ブリュッセルで蜂起
1830年8月25日、ブリュッセルのオペラ座モネ劇場では、ダニエル・オベールのオペラ『ポルティチの唖娘』が公演されていました。その革命的な場面で「祖国への愛」の歌が歌われると、観客が劇場から飛び出し、街路で蜂起します。これが「ベルギー革命」の始まりであり、人々はオランダ統治の打倒を要求しました。
オペラの公演から始まった革命というのは、世界史でも極めて珍しいものです。
「黒・黄・赤」 ── 革命旗
革命の最中、ジャーナリストのエドゥアール・デュクペチオーが、ブラバント革命時代の黒・黄・赤の旗を再採用します。革命派はこの3色旗を全国で掲げ、1789年のブラバント革命を継承する意志を示しました。
1830年9月30日、暫定国旗
1830年9月30日、暫定政府がこの旗を公式国旗として採択します。当初は横の3色(オランダ国旗風)で、上から赤・黄・黒の順でした。
ただし革命期には、横型と縦型の両方が混在して使われていました。市民が手作りで掲げる旗には縦型もあり、最終的に1831年に縦型が公式に統一されることになります。
1831年1月、横から縦へ
ベルギー国旗には、意外な経緯があります。
「オランダ旗との混同」
横の赤・黄・黒は、オランダ国旗(赤・白・青の横三色)と視覚的に混同されやすいものでした。両国の旗が横では似すぎているうえ、横帯ではフランス革命の縦三色との差別化も不十分だったのです。
1831年1月、縦に変更
そこで1831年1月23日、暫定政府は国旗を縦三色に変更します。これによりオランダの横三色と区別がつき、またフランス国旗(青・白・赤の縦三色)と同じ縦フォーマットを採用することで、フランス革命の伝統に共鳴する形にもなりました。新しい順序は、旗竿側から黒・黄・赤です。
横から縦への方向転換というのは、世界の国旗のなかでも稀な事例です。フランス国旗(1790年の赤白青から1794年の青白赤へ)と並ぶ、若い国家のデザインの迷いを示しています。
「ほぼ正方形」 ── 13:15の比率
ベルギー国旗の比率は13:15です。ほぼ正方形に近い、横長気味の長方形で、世界の国旗のなかでも珍しい比率です。その理由は不明(諸説あり)ですが、現代も継続して使われています。
バチカンやスイスの正方形と並ぶ、独特な比率というのが、ベルギー国旗の特徴です。
「Union is Strength」 ── 国是
ベルギーには、国是があります。
「L'union fait la force」 ── 団結は力なり
ベルギーの国是は、フランス語で「L'union fait la force」、すなわち「団結は力なり」です。オランダ語では「Eendracht maakt macht」と表現され、ベルギー憲法第193条に明記されています。
この「団結は力なり」という国是は、ハイチの国是「L'Union fait la Force」と全く同じフランス語です。ハイチ革命(1791-1804)とベルギー革命(1830)に共通する、フランス革命的な理念のつながりを示しています。
ベルギーという国
ベルギーの基本情報です。
- 正式名:ベルギー王国(Royaume de Belgique / Koninkrijk België)
- 首都:ブリュッセル(Brussels)
- 面積:約3.1万km²(九州の約3/4)
- 人口:約1,170万人
- 公用語:オランダ語、フランス語、ドイツ語の3つ
- 宗教:ローマ・カトリック(約50%)、無宗教(約32%)
「3つの公用語、3つの地域」
ベルギーは、極めて複雑な言語・地域構造を持っています。北部のフランデレン地域ではオランダ語(約59%)、南部のワロン地域ではフランス語(約40%)、東部の小地域であるドイツ語圏ではドイツ語(約1%)が使われ、ブリュッセル首都圏はフランス語とオランダ語のバイリンガルです。
1つの国に3つの言語というのは、スイス(独・仏・伊・ロマンシュ)と並ぶ、ヨーロッパの言語多様性国家といえます。
「ヨーロッパの心臓」
ベルギーは、EU・NATOの本部所在地です。EU(ヨーロッパ連合)本部もNATO本部もブリュッセルに置かれており、「ヨーロッパの首都」とも呼ばれます。
「チョコレート、ワッフル、ビールの国」
ベルギーには、世界的に有名な文化があります。ベルギー・チョコレートは世界トップクラスの品質で、ゴディバやノイハウスなどが知られます。ベルギー・ワッフルにはリエージュ・ワッフルやブリュッセル・ワッフルがあります。ベルギー・ビールは1,500種類以上にのぼり、トラピスト・ビールやランビックなどはユネスコ無形文化遺産です。ベルギー漫画では『タンタンの冒険』や『スマーフ』が有名です。
国旗の黒・黄・赤がチョコレート、シャンパン、ストロベリーの色だという冗談はさておき、ベルギーの食文化は世界に大きな影響を与えています。
「サクソフォーンの発明地」
ベルギーは、サクソフォーンの発明者アドルフ・サックス(1814-1894)の祖国でもあります。サックスは1840年代にパリでサクソフォーンを発明しましたが、生まれはベルギーのディナンでした。サクソフォーンは今ではジャズ・ロック・吹奏楽の主要な楽器となっています。
ちなみに:「ベルギー」の名前の由来
国名「ベルギー」(Belgium)は、古代ローマ時代に遡ります。
「ベルガエ族」 ── 古代ガリア人
ベルガエ族(Belgae)は、ローマ帝国時代のガリア(フランス・ベルギー地域)に暮らした民族です。カエサルの『ガリア戦記』に登場し、カエサルから「ガリアの中で最も勇敢な民族」と評されました。「Belgium」は、このベルガエ族の地を意味します。
2,000年以上前のローマ時代の民族名が現代の国名になっている、というのは、ヨーロッパの古い民族名が国名に継承される典型的なパターンです。
まとめ:ブラバントの獅子から、革命の3色へ
今回のベルギー国旗のまとめです。
- 黒・黄・赤の縦三色(13:15、ほぼ正方形)
- 1830年9月30日、当初は横三色(赤・黄・黒)で正式採択
- 革命期は横型・縦型が混在、1831年1月23日にオランダ旗との混同を避けて縦三色(旗竿側から黒・黄・赤)に正式統一
- 色の起源は中世ブラバント公国(1183-1795)の紋章「黒地に金の獅子、赤い爪と舌」
- 1789-1790年ブラバント革命で初めて掲げられる
- 1830年8月25日、ブリュッセルのモネ劇場でオペラから始まったベルギー革命
- ジャーナリスト、エドゥアール・デュクペチオーが3色を再採用
- 国是「L'union fait la force(団結は力なり)」、ベルギー憲法第193条に明記
- 1815-1830年、オランダと統合した「ネーデルラント連合王国」から独立
- 公用語は3つ(オランダ語・フランス語・ドイツ語)
- フランデレン地域(北、オランダ語)、ワロン地域(南、フランス語)の地域対立
- EU本部・NATO本部の所在地、「ヨーロッパの首都」
- チョコレート・ワッフル・ビール(1,500種、ユネスコ無形文化遺産)の国
- サクソフォーン発明者アドルフ・サックスの祖国
- 国名はローマ時代の「ベルガエ族」に由来
中世の獅子の紋章を、3つの縦帯に分解したベルギーの国旗は、ヨーロッパ最年少のトリコロールでありながら、最も古い紋章の伝統を継承する、歴史と革命の融合です。