空色と白の横三色に、真ん中に太陽。それだけだとシンプルな旗に見えますが、よく見ると、その太陽に人の顔がついているんです。アルゼンチン国旗の「五月の太陽」と呼ばれるこのモチーフ、調べてみるとなかなか面白いエピソードがいくつも出てきます。
まずは構成のおさらい
アルゼンチン国旗は、上から空色(celeste)、白、空色という横三色(トライバンド)で、中央に黄金色の「五月の太陽(Sol de Mayo)」が配置されています。
- 上:空色(celeste)
- 中央:白
- 下:空色
- 中心:黄金色の「五月の太陽(Sol de Mayo)」
色そのものは「光・空・自由」を表すと一般に解釈されますが、ここでもいくつか説があり、絶対的な公式解釈はありません。むしろアルゼンチン国旗の真の見どころは、中央の太陽の方だったりします。
「太陽の顔」を細かく見ると
中央の太陽は、けっこう細部までこだわって作られています。黄金色の円盤には人の顔が描かれ、その周囲には32本の光線が放射状に伸びています。光線は直線が16本、波線が16本で、交互に配置されています。
「人の顔がついた太陽」自体は、世界でも珍しいモチーフです。よく似たものにウルグアイの国旗の太陽がありますが、これらはどちらも同じ系譜の「五月の太陽」です。
デザイナーは、もともと弁護士だった
アルゼンチン国旗をデザインしたのは、マヌエル・ベルグラーノ(Manuel Belgrano)という人物です。
意外なことに、彼はもともとスペインで学んだ弁護士・経済学者で、独立運動の渦中で軍人になった「文民出身の将軍」でした。法律家としての知性と、運動家としての情熱の両方を持っていた人物、と言われています。
1812年2月26日、彼はリオ・デ・ラ・プラタ連合州の政府に対して「我々独自の旗を持ちましょう」という提案を書面で出します。そして翌2月27日、ロサリオの町で初めてその旗を掲揚しました。
この時点ではまだ「五月の太陽」は描かれておらず、空色と白の二色だけでした。色は、それ以前に国民徽章(コカルダ)に使われていたものをそのまま採用したものです。
ちなみに最初の政府(第一三頭執政府)はこの旗の使用を承認せず、当時は半ば「現場の独立運動の旗」として広まりました。正式に国旗として認められたのは1816年、トゥクマン議会でのことです。
1818年、「五月の太陽」が加わる
中央に太陽が加わったのは、1818年のことです(Wikipediaなどでは1月25日の勅令、別資料では議会批准の2月25日とされ、日付には資料間で揺れがあります)。当時の最高執政官フアン・マルティン・デ・プエイレドンが、このデザインを正式に制定しました。
この太陽のデザインは、じつはアルゼンチンの最初のコイン(1813年発行)の図案がベースになっています。つまり「お金の絵柄が国旗に移ってきた」という珍しい順序です。
「五月(Mayo)」というのは、1810年5月の五月革命(独立運動の起点とされる重要な事件)から来ています。「あの五月、空が晴れて太陽が出た瞬間に、独立の歴史が動き出した」という象徴的なメッセージが、太陽1つに込められているわけです。
「インカの太陽神インティ」説、じつは諸説あり
ここからは、ちょっとマニアックな話になります。
アルゼンチンの「五月の太陽」について、よく言われるのが「これはインカの太陽神インティを表している」という説です。先住民の文化を国旗に取り入れた、というロマンチックな解釈で、観光ガイドや教科書などでも見かけます。
ただ、これには「諸説あり」と書いておいたほうが誠実です。
歴史家の研究によると、1818年当時の一次資料では「太陽はインティを表す」という記述は確認できていません。インカ起源説は、もう少し後の時代になってからアルゼンチンの歴史学が後付けで広めた解釈だ、というのが現在の研究者たちの見方です。
事実として言えるのは、「五月の太陽」は1813年のコイン図案がベースであること、「五月」は1810年の五月革命に由来すること、そして「インティ説」は広く知られているが当時の文書では裏付けられていないこと、くらいの距離感です。「すごく信じたい話だけれど、一次史料で言い切れるほどではない」、これも国旗あるあるの「グレーゾーン」です。
ウルグアイにも「五月の太陽」がある
「太陽の顔」と聞くと、「あれ、ウルグアイの旗にも似たのがあったような…」と思った人もいるかもしれません。そうなんです、ウルグアイの国旗にも、ほぼ同じ「五月の太陽」が描かれています。
これは偶然ではなく、ウルグアイとアルゼンチンが同じ独立運動の流れにあったことの名残です。両国とも、スペインからの独立を目指した「五月革命」を象徴の起点としているため、太陽のモチーフを共有しているわけです。
ウルグアイ国旗の太陽は16本の光線で、アルゼンチンの32本より少なめです。並べてみると、似ているけれど別物、というのがわかります。
マヌエル・ベルグラーノの命日が「国旗の日」
ちなみにアルゼンチンには、6月20日の「国旗の日(Día de la Bandera)」という祝日があります。
これが何の日かというと、マヌエル・ベルグラーノが亡くなった日です。1820年6月20日、彼は経済的にも厳しい晩年を経て亡くなりました。生み出した旗のほうが、本人より長く生きて国に残った。そういう関係性の日として、今でも国旗をたたえる日になっています。
まとめ:太陽に顔のある、ちょっと珍しい国旗
今回のアルゼンチン国旗のまとめです。
- 空色・白・空色の横三色+中央に黄金色の「五月の太陽」
- 太陽は人の顔つき、32本の光線(直線16+波線16)
- 設計したのは弁護士・経済学者出身のマヌエル・ベルグラーノ
- 1812年2月27日にロサリオで初掲揚、1816年トゥクマン議会で正式国旗化
- 太陽は1818年に追加(日付は1月25日説と2月25日説あり)。1813年の最初のコイン図案がベース
- 「五月」は1810年の五月革命から
- 「インカの太陽神インティ説」は広く知られるが、一次史料による裏付けはない(諸説あり)
- ウルグアイ国旗の太陽もほぼ同じ系譜(光線数だけ違う)
- ベルグラーノの命日6月20日は「国旗の日」
シンプルそうに見えて、「太陽に顔がある」「歴史解釈に諸説ある」「お金の絵柄が旗に移った」など、掘り出してくると豆知識がたっぷり出てくる旗です。